おきなわ がんサポートハンドブック
VHO-net沖縄学習会で、沖縄県がん患者会連合会会長の田名勉さんから手渡された1冊の冊子が、今号のまねきねこサークル取材のスタートでした。沖縄独特の染色、紅型をあしらった美しい表紙。沖縄県、医療機関、ヘルスケア関連団体との連携によって作られ、がんに特化した地域療養情報ハンドブックとしてはこの沖縄県版が全国の先駆けとなりました。試作版から第2版発行までの道程についてお話を伺いました。
ヘルスケア関連団体の視点
患者の声や思いを反映させるために、ハンドブック制作に参加
沖縄県がん患者会 連合会 会長 田名 勉 さん
患者の不安や悩みに寄り添う情報を
私は10年前に喉頭がんで声帯を摘出し、その後、食道発声のトレーニングを積み、第二の声を取り戻しました。1974年に設立された「沖縄県友声会」の活動を通して、声帯摘出で声をなくした人たちが食道発声訓練や人工喉頭で社会復帰ができるように支援しています。その一方で、がんにかかわるすべての人が連携し、どんな時でもがんと安心して向き合える体制をつくりたいと、仲間を集め2010年に「沖縄県がん患者会連合会」を設立しました。この『おきなわ がんサポートハンドブック』(以下、ハンドブック)は、琉球大学医学部附属病院がんセンターの増田昌人先生が制作発起人です。私はすでに先生やスタッフの方々とも面識があり、ハンドブック制作にがん患者の当事者として参加してくれないかというお話を受け、協力することになりました。 試作版の段階では、施設や制度の紹介がメインで、患者の不安や悩みに寄り添う情報が足りないのではと思いました。そこで、第1版制作では、がんの患者団体を紹介するにあたり、私が連合会の会員に加え、未入会の団体もリストアップしました。そして、スタッフの方々が連絡を取り、活動内容などを掲載することができました。また、巻末には感想を書くこともできるように、アンケート用紙も付けられました。
確実に患者に届けるのが課題
第2版の制作にあたっては、患者団体の意見をもっと反映していこうと、ある程度原稿ができた段階で私が各患者団体を訪問し、意見を聞くことになりました。たとえば、第1版はまず「緩和ケア」の情報から始まっていましたが、がん患者にはその文字を見るだけで動揺する人もいます。他にも、この文言はもう少し気遣いのある言葉にしてほしい、専門用語や外来語がわからないなど、さまざまな声を聞くことができました。 私がこの聞き取りを行って驚いたのは、患者団体のリーダーでもハンドブックの存在を知らない人がいたことでした。がんと告知された時点で、主治医から直接手渡してほしい。そんな思いで制作されていますが、現状では医師がその時間を取れない、ナースステーションに「ご自由にお取りください」と積まれている、というケースもあります。第2版の発行後もこの問題は課題となっています。素晴らしいハンドブックなので、どう周知し、確実に患者さんに届けていくか、がん診療連携協議会をはじめスタッフの方々と話し合っていきたいと思っています。
※沖縄県がん診療連携協議会
沖縄県のがん診療の向上を目指し、沖縄県、がん診療連携拠点病院、保健医療団体、がんの患者団体(患者・家族・遺族)が活発な意見交換を行い、県民が安心してがん治療・療養生活を送れる体制を整えるために2008年に設置されました。
医療関係者の視点
患者目線を忘れずに、常に確認しながら編集しています
ハートライフ病院 西田 悠希子 さん/ 医療ソーシャルワーカー 望月 祥子 さん
ハンドブック制作の経緯を教えてください
西田さん 2007年のがん対策基本法施行を機に、がん診療連携拠点病院や支援病院が設置され、2008年に沖縄県がん診療連携協議会※が発足しました。その下部組織の相談支援部会が中心となり、2009年にハンドブックの制作がスタートしたのですが、その当時、私は琉球大学医学部附属病院がんセンターの相談員をしており、試作版から第2版までの編集に携わることになりました。仕事を通じて田名さんとも交流があり、制作に参加していただけると聞いて心強かったです。制作を始めた時、すでに静岡県や愛知県が試作版を作っており、それらを参考に相談支援部会で話し合いながらコンテンツを作っていきました。そして、試作版を経て第1版が完成しましたが、巻頭に連携協議会の説明があるなど、医療者側に視点を置いた内容になっていたことは否めませんでした。そこで、改訂版の第2版を出す時は、もっと患者目線で編集することを目指し、患者団体の意見をより多く取り入れていくことになり、田名さんがその調整役を引き受けてくださいました。
患者団体と連携することがどのような効果につながりましたか
望月さん 私は第2版の制作から携わったのですが、作業は第1版のアンケート結果なども参考にしながら構成を一から考え直していきました。がんの疑いがある場合や、がんと診断された時、どんな情報がほしいかを田名さんたちと話し合い、治療・療養の過程での主な悩みと疑問、セカンドオピニオンについて、患者団体の紹介などを前半部分に大きく打ち出していきました。編集経験のある協力者もボランティアで参加してくださり、インデックスを付けるなど細かな部分でもアイデアを発揮していただきました。
西田さん がん患者さんは病状も置かれている環境もさまざまです。自分が告知された時の体験など、患者団体と連携することでいろいろなケースをお聞きすることができました。その結果、患者さんに必要な情報や、そうでない情報、そしてそれらの優先順位を一つひとつ確認しながら進めていくことができました。
田名さんからも患者に届ける工夫についての課題があがっています 今後の方針について教えてください
望月さん 制作も大変ですが、同時にきちんと患者さんに届けるための工夫が必要と実感しています。ハンドブックは、がん診療を行っている県内すべての病院に郵送していますが、その後の活用は病院にお任せしています。今回、第3版の制作を進めるにあたり、どのように配布しているか調査をしました。その結果、医療機関によって対応がさまざまで、窓口に置いているだけというケースもありました。治療現場の忙しさも考慮し、主治医からだけではなく、看護師や医療ソーシャルワーカー(MSW)が渡したり、入院時や化学療法室、会計窓口で渡すなど、さまざまなタイミングを模索しています。
西田さん 当病院のケースですが、外来の看護師が、がんの疑いがあると言われた方々に手渡してくれ、読んだ方がMSWのいる地域連携室にセカンドオピニオンの相談に来てくれました。実際に役立っていると実感し、嬉しかったですね。
望月さん この度、第3版が出版されました。ハンドブックをより普及・活用させるために、各医療機関へ足を運び、説明会を開催することとなり、現在進めています。
おきなわがんサポートハンドブック
沖縄県がん診療連携協議会の相談支援部会と、琉球大学医学部附属病院がんセンターが中心となり、沖縄県がん患者会連合会(当事者とその家族)の協力により制作。活用できる相談窓口や、経済的・社会的な制度、患者団体の情報などが、がんの治療過程のおおよその流れに沿ってまとめられています。この冊子は、国立がん研究センターが発行している『患者必携 がんになったら手にとるガイド』と『患者必携 わたしの療養手帳』(右端図)とセットで読んでいただくことを前提に編集されています。
取材を終えて〜まねきねこの視点
試作版から第2版まで見比べると、コンテンツや読みやすさ、見やすさなどさまざまな工夫がプラスされていることが一目瞭然でわかりました。文言の一つひとつに患者さんの声が反映され、患者団体が制作に関わることの大切さを実感することができました。第3版も完成し、今後、さらに普及・活用していくために、啓発ポスターやチラシなどの広報ツールや、医療者側への簡単な活用マニュアルなどの必要性なども感じました。