コロナ禍の中で、ヘルスケア関連団体のリーダーを対象に団体運営や活動のオンライン化を学ぶウェビナーを開催
新型コロナウイルス感染拡大の影響により、ヘルスケア関連団体においても、講演会や交流会など多くの人が集まる活動ができなくなっています。こうした状況の中で、東京大学先端科学技術研究センターの渡部沙織さんは、ウェビナー(オンライン上で実施されるセミナー)を開催し、団体のリーダーのICT(情報通信技術)に対するスキルアップや、団体運営のオンライン化の支援を行っています。そこで、渡部さんに、ウェビナー開催の経緯や課題、目指すところについて伺いました。
渡部さんは、団体のリーダーを対象とした「はなれていても、つながろう:ICTを活用した患者会活動のオンライン化」というウェビナーを開催されていますね。ウェビナー開催に至る経緯や背景を教えてください
私は、東京大学先端科学技術研究センター(以下、先端研)で疾病や障がい当事者の社会参画や、難病の医療社会学などの研究に携わっています。もともと患者団体を対象とするウェビナーについては、約3年前から構想していました。アメリカの患者団体では2000年代から活動のオンライン化が盛んになり、EU圏内の希少疾患組織協議会の患者向け教育プログラム「EURODIS Open Academy」もオンラインのプログラムがあります。世界ではオンライン化が進んでいることから、日本の患者団体もオンライン化することで、活動の課題の解決につながるのではないかと考えていたのです。
一方、私たちの研究現場でも、研究の生産性を高めるICT化が一気に進み、こうしたノウハウも団体運営のオンライン化に役立てることができるのではないかと考えていました。そこへコロナ禍が起こり、これは患者団体にとって困難であると同時に、大きな転換期になると感じて、JPA((一社)日本難病・疾病団体協議会)や、認定NPO法人 難病のこども支援全国ネットワークを通じて参加者を募り、ウェビナーを始めることとしました。
具体的なウェビナーの内容を教えてください
2020年4月からスタートし、これまで3回開催して、希少性・難治性疾患の患者団体リーダーの方など延べ70名が参加されています。基本的に、対面会議や総会・セミナー等はウェブ会議のスタイル(ウェビナー)で、日常業務やコミュニケーションはチャットを使うこととしています。「初心者コース」では、アプリやファイルのインストールの仕方、ウェブ会議でのルールなど、ごく初歩的なことから説明します。「中級コース」は総会や講演会の中継など実践的な内容とし、「アドバンスコース」では参加者の方の課題を共有する取り組みも行っています。
<プログラムの紹介>
■ 初心者コース
●リモートワークのためのZoom、Slackの基本的な使い方
●ツールを使った会議での投票
■ 中級コース
●Dropbox等のオンラインストレージを使ったファイルの共有
●Google の活用
(無料のWeb サイト、アンケート、共有カレンダーなど)
●Zoom 利用応用編
(Youtube 配信、スマートフォンの画面共有など)
■ アドバンスコース
●Web サイト、Webアンケート作成の実習
●個別の運営に関する相談、グループディスカッション
参加者の反応は いかがですか
参加者の約半数は何らかオンラインでの活動の経験者で、多くの方がオンライン化の必要性を感じていたところにコロナ禍が起き、いよいよ差し迫って取り組まなければならないというタイミングであったようです。参加者の感想としては「投票や多数決、総会の中継など、団体の活動に必要な機能が学べてよかった」という方や、「ハードルが高いと感じていたが、操作に慣れれば、オンラインは便利」と実感されている方が多く、反応はかなり良いという印象です。毎回フリートークの時間も設け、コロナ禍を受けてリーダーとしての悩みを共有できてよかったという声もありましたので、参加者によるコミュニティグループをつくり、受講後も情報交換できるようにしています。
総じてオンラインによるコミュニティでは、対面に比べて、組織の枠や立場を越えたフラットな関係になる印象があり、まさに新しいコミュニケーション方法だと感じています。
オンライン化を進めるうえでどんな課題がありますか
障壁となるのは、まずコストの問題です。法人格がある非営利団体向けの減免はありますが、任意団体では有料のツールの月額使用料がかかります。また新しくウェブ会議用のマイクやカメラ、パソコン等機器を導入することも負担になります。今回のウェビナーでも約2割の方はスマートフォンだけでの参加でしたので、参加者の実情に合わせて、スマートフォンを使ったウェビナーも企画したいと考えています。また、読み上げツールや字幕機能などがまだ開発されておらず、視覚障害、聴覚障害のある方にとって合理的配慮が不足している点も大きな課題です。
今後の計画や展望を教えてください
団体運営にかかわる業務を在宅ワークで分担できるようにして患者団体の運営基盤を整備すること、実際の活動に役立つ実践的な内容により活動を活性化することを目標に、カリキュラムをアップデートしながら、今後も毎月ウェビナーを開催する予定です。
現在は、私個人の研究として行っていますが、将来的にはさらにアップデートした形で、患者団体の組織運営のあり方、ファンドレイジング、当事者の研究参画など団体運営に必要なコンテンツをまとめた企画をオンラインで開催したいと考えています。RDD(レアディジーズデイ / 世界希少・難治性疾患の日)等の活動を行うNPO法人ASridとも連携して、団体運営を支援するプログラム開発も検討しています。
今回のウェビナーはまだ試行錯誤の段階ですが、オンライン化は、団体リーダーの負担の軽減、旅費交通費などコストの削減にも貢献でき、患者団体の運営基盤を強化すると確信しています。そして、患者団体の活動のあり方そのものも、コロナ禍を機に大きく変わっていくと考えられますので、JPAなど団体の皆さんとも連携しながら、オンライン化から患者団体の運営や活動の質が向上するようにサポートしていきたいと思います。
渡部 沙織 さん プロフィール
日本学術振興会特別研究員PD。博士(社会学)。専門は医療社会学。希少性・難治性疾患領域の患者のELSI※、患者の研究参画や難病の公費医療政策などについて調査研究している。
※ELSI:倫理的・法的・社会的課題(Ethical, Legaland Social Issues)
まねきねこの目
VHO-netにおいても、コロナ禍を受けて活動のオンライン化が一気に進むなど、ヘルスケア関連団体の活動のオンライン化は、とても注目される取り組みとなっています。コロナ禍の中で求められるオンライン化をチャンスととらえ、団体の運営基盤の強化につなげたいという渡部さんの思いに共感する団体リーダーも多いのではないでしょうか。まねきねこも、オンライン化をはじめ、ニューノーマルの時代に対応するヘルスケア関連団体の新しい活動をお伝えしていきたいと思います。