海外の情報も含めた新規薬剤や臨床試験の正しい情報をオープンに知らせる取り組み
医療の進化や情報社会の進展に伴い、ヘルスケア関連団体のあり方や活動も多様化してきました。そこで、新コーナーでは、従来とは異なる新しい取り組みや、特色ある活動をご紹介していきます。今回は、「一般社団法人 グループ・ネクサス・ジャパン」の行う、国内外の新規治療薬や臨床試験に関する情報を幅広く提供する活動を取り上げました。
一般社団法人 グループ・ネクサス・ジャパン
理事長 天野 慎介 さん
グループ・ネクサス・ジャパンは、ウェブサイトのトップページ(お知らせ欄)に、臨床試験や新規承認薬などの情報を掲載するなど、新しい薬剤や治療法に関する情報提供に熱心に取り組まれていますね。 こうした活動の経緯を教えてください
私たちは悪性リンパ腫の患者団体です。リンパ腫とは血液のがんで、治療は化学療法が中心ですので、新規治療薬が唯一の治療選択肢であり、患者にとっての希望です。血液のがんに対する治療の発展はめざましく、治癒や延命も期待できるようになってきていますので、患者が適切な情報を手に入れて納得して治療を受けることは重要と考え、団体設立当初からメーリングリストなどで情報提供は行っていました。その後、ある高校生の患者さんに、たまたま新しい薬の臨床試験の情報を提供できました。そのことがきっかけで1年以上長期生存された例があり、情報の差で命が救えるかどうかが決まることを実感したのです。そこで、もっと多くの患者にオープンに情報提供することが必要だと考え、ウェブサイトに情報を掲載するようになりました。
国内だけでなく海外の情報も提供されていますが、どのように収集されていますか。また掲載する時に気をつけていること、工夫されていることなどはありますか
情報収集は基本的にインターネットを利用し、UMIN (大学病院医療情報ネットワーク)、国立保健医療科学院、アメリカのFDA承認薬データベース、ASH(アメリカ血液学会)やASCO(アメリカ臨床腫瘍学会)のウェブサイトなどをチェックしています。また最近、製薬企業や行政の方からの情報提供も増え、情報収集に熱心な患者から逆に教えられることもあります。
掲載する時には、英語の情報は和訳し、正確にわかりやすく、客観的な情報とすることを心がけ、不明なことがある場合は製薬企業や顧問医に確認してから掲載するようにしています。詳しく説明したい場合もありますが、特定の臨床試験を推奨しているような誤解を生じないように、あえて形式化して基本的な情報だけを掲載しています。会員から詳しく知りたいという問い合わせがあった場合には、公開情報を基に詳しくお伝えしています。企業治験については、企業の公開情報を基に、国内や海外の学会である程度効果と安全性が証明されているものに限り掲載し、特定の企業や製品のプロモーションにつながらないように注意しています。
情報提供するうえで、どのような点が課題だと考えていらっしゃいますか
海外では、医療者向けではありますが、臨床試験のことや参加方法などが、進捗情報なども併せてわかりやすく開示されています。英語がわかる人やある程度医学的知識のある人は、こうした情報を得て活用することができますが、大多数の患者はアクセスできません。情報の差で受けられる医療に差が出ることはぜひとも解消するべきだと思います。日本のUMINなどの情報提供もわかりにくいので、もっと誰でも確実に情報を得ることができるようにしてほしいと、厚生労働省などにも訴えてきていますが、あまり進展はみられないですね。一方で「企業の株主総会資料に新薬の情報が掲載されていた」と教えられることもあり、情報を必要としている人に届いていないことに、はがゆい思いをすることもあります。
また、患者側の問題としては、患者や家族はどうしても新規治療薬に過剰な期待をもちます。しかし臨床試験はあくまでも研究であり、治療ではありませんので、それほど効果がなかったり、副作用が強かったりすることもあります。ですから、私たちはあえて冷静に情報提供したいと考えており、それが患者団体がこの取り組みに携わる意義だと思っています。最近はブログなどで個人的な意見を発信される方も増えているので、その点からも私たち患者団体が責任をもって、客観的な正しい情報を提供する必要があると考えています。
また、情報を熱心に収集する人が増える一方、臨床試験などに関する不祥事やトラブルが報じられて不安や不信感を抱く人も少なくありません。当然のことですが、新薬の開発や臨床試験に関して、ぜひとも透明性を担保し、信頼性を高めてほしいと考えています。
新規治療薬や臨床試験などの情報収集やその活用について、当事者や患者団体はどのように取り組むべきでしょうか。またグループ・ネクサス・ジャパンとしての展望も聞かせてください
私たちが臨床試験や新規治療薬についての情報を提供するのは、患者が望む医療を受けられるようにしたいということに加えて、患者自身が情報や知識をもち、自分が受けたい治療について声を上げ、医療者と話し合うことによって、施設間や地域間の格差を解消し、医療全体を向上させたいと期待しているからです。情報を得た患者には、できるだけ有効に情報を使いこなしてほしいと思います。
患者としては一日も早く効果のある新薬を手に入れたいという思いが根強く、新しい治療というと無条件に期待できると考えがちですが、有効性や安全性が明らかではない場合もあり、人生設計や治療選択を誤る場合もあることを認識してもらいたいと思います。インターネットが普及し、さまざまな医療情報も得られるようになっていますが、一方で科学的根拠が明らかでない治療や臨床試験の情報もあるので、信頼性のある情報源を見極めてほしいですね。そして、どのような治療を受けるにしても、情報に振り回されることなく、やはり基本は主治医と信頼関係を築いてよく話し合うことだと思います。
海外の患者団体は、適切な情報を提供することが大きな活動の柱になっていることが多いようです。日本でもいずれはそうなっていくと信じて、当団体としては自ら襟を正して、精査した確実な情報の提供を行い、社会的にも信頼される団体となっていきたいと考えています。海外とのドラッグ・ラグの問題は以前よりは解消されてきていますが、血液の領域では海外での新規治療薬の進歩が著しく、その動きに日本が取り残されている面があります。また、アジアの中でも、臨床試験に時間がかかり新薬開発の障壁が高い日本より、中国や東南アジアでの開発を優先させる傾向が強まっていることも危惧しています。そうした課題に対して患者団体として積極的に要望を出し、改善していけるように、信頼性の高い、確かな存在感のある団体へと私たちも成長していきたいと思います。
一般社団法人 グループ・ネクサス・ジャパン
悪性リンパ腫の患者や家族に適切な医療情報や、交流の場を提供するとともに、患者や家族の医療環境を向上するための調査研究や政策提言などを行うことを目的とする患者団体。
2001年にグループ・ネクサスとして設立、2006年にNPO法人として認証を受け、2013年には一般社団法人 グループ・ネクサス・ジャパンに改組。会員数は約1500名。