くまもとITコミュニケーション支援グループ
〜ゆるっとまるっとつながろう〜
NPO法人 熊本県難病支援ネットワークの取り組み
2020年は、コロナ禍においてテレワークやオンライン会議など、インターネットを使った新しい様式でのつながりに注目が集まりました。しかし、以前から障がい者や難病患者にとっては、情報や意志伝達のためにIT機器が必要不可欠なツールとなっていました。NPO法人熊本県難病支援ネットワークでは、いち早くITコミュニケーションの重要性に着目し、患者・家族、支援者の研修会に取り組んでいます。
活動に至った経緯や参加者の反応、課題や抱負などについて、橋永高徳理事長をはじめ職員の方々にお話を伺いました。
NPO法人 熊本県難病支援ネットワーク 理事長
橋永 高徳 さん
くまもとITコミュニケーション支援グループ設立のきっかけについて教えてください
難病患者や障がい者が、体に不自由があっても意志や思いを伝えられるのがITコミュニケーションツールです。コミュニケーションが困難な人たちの支援ができるようにと、2007年に県から受託された熊本県難病相談・支援センター事業として「ITコミュニケーション支援講座」をスタートしました。
当初はまだ視線入力装置も開発されていなかったので、意志伝達装置「伝の心(でんのしん)」や「レッツ・チャット」、透明文字盤の基本的な使い方などの講習を外部のNPO団体とともに開催し、多いときには50人近くの参加がありました。ただ、開催が1〜2年に1回などのペースだったため、新しい機器が次々と開発されるスピードに追いついていませんでした。そこで、17年に熊本県難病支援ネットワークで助成金を申請し、NPO法人事業として新たにスタートさせたのが「くまもとITコミュニケーション支援グループ〜ゆるっとまるっとつながろう〜」(愛称「ゆるまる」)です。現在は2ヶ月に1回の研修会と、年1回の宿泊研修などを行っています。
どのような人が参加していますか?具体的な研修内容も教えてください
患者やその家族をはじめ、支援者では在宅医、看護師、作業療法士、言語聴覚士、保健師、特別支援学校の先生、介護ヘルパーなどが参加しています。IT機器の代理店や、使い方に精通した人が講師となり、視線入力装置や意志伝達装置を体験してもらい、操作を学んでいます。メンバーの中には、分身ロボット「OriHime(オリヒメ)」を所有している在宅医が2名いらっしゃるので、会場に持って来てもらい、体験してもらうこともあります。患者、家族はもちろん、さまざまな支援者が機器の扱い方を習得することで、実際の現場での注意点や工夫を学ぶことができます。
また講座では、支援者に現場での体験事例を発表してもらいます。保健師が携わった難病患者との事例や、特別支援学校の先生がITツールを使って重度障害児と「伝わる」ことの喜びを語ってくれたり。事例を聞くことで参加者はより興味をもちますし、困難な事例では皆で知恵を出し合って解決策を探っています。また、IT機器を操作する入力スイッチは、疾患や身体の動く部位によって、押す、触れる、マウスのクリック感覚など、さまざまなバリエーションがあります。当職員には工学部出身者がいて、いろいろなスイッチを工夫したり、はんだごてを使ってオリジナルスイッチを製作するなどの指導も行っています。
ゆるまる」で使用しているITコミュニケーションツールの種類
●視線入力装置「miyasuku」
●意思伝達装置「伝の心」
●言葉を音声で伝えるアプリケーションソフト「指伝話」
●透明文字盤
●口文字盤
●分身ロボット「OriHime」
●iPhone
●iPad
●入力スイッチ
IT機器が苦手な人や高齢者にはどのような呼びかけや参加への工夫をされていますか
自分の思いを伝えられず、一人で抱え込んでいる人も多いのが現状です。ITは苦手だからと敬遠していると、孤立したり、症状が悪化したりするケースもあります。「困っていることや、家族にありがとうの気持ちを伝えるなど、簡単なことから一緒に始めてみませんか」と、最初のハードルを低くして、コミュニケーションの目的が見つけられるような声かけをしています。何がその人の背中を押し、意欲がわくかを考えて呼びかけをしています。
支援者による成功事例の話は、動機付けとしてとても有効です。たとえば、支援者が患者の動画を撮り、指の動きなどを見て、それならこういうスイッチがいいのではと情報提供をする。その結果、お孫さんにメッセージが送れるようになったというような事例を聞くと、「自分もやってみよう」と意欲がわくようです。
現状での課題はありますか
資金面が大きな課題です。当初、研修会は無料で行っていましたが、NPO事業として行うには助成金だけでは限界がありました。今後は、継続性が担保されにくい助成金に頼らず、事業収入と寄付金の両輪で事業を継続していきたいと考えています。
もう一つの課題は、ニーズを発掘していくことです。医療、介護、教育などの現場の支援者に、より多く「ゆるまる」への参加を呼びかけていくことで、つながりを広げています。県内の各地域の保健師が「こんな研修会がありますよ」と声をかけてくれるケースも多く、10年以上継続してきた成果を感じています。研修会を開催するときは、地元新聞やラジオなどメディア広報も積極的に行っています。
オンライン研修会の検討についてと今後の抱負についてお聞かせください
機器にしっかりと触れて体験してほしいという思いがあるので、オンライン研修は行っていません。ただ、コロナ禍でこれだけオンラインが普及してきたので、今後は検討していく予定です。オンラインなら、遠方の人や夜の講座に参加できない人も参加できます。そのためには、よりわかりやすく伝えるスキルや、日進月歩の機器についての勉強など、私たちにも準備が必要です。また、県内の保健所や患者団体とのつながりをオンラインで深めていくことも今後の目標です。
2021年1月には個別疾患での医療講演会を開催します。これまでも、「ゆるまる」以外のオンライン講習会では接続テストなどを行ってきましたが、高齢者の方や周りにサポートをしてくれる人がいない一人暮らしの方など、どうしてもオンライン参加が無理な方もいます。そのために会場に席を確保し、来場とオンライン、どちらでも視聴できるハイブリッドスタイルで実施する予定です。より多くの人がITコミュニケーションツールを活用し、無理なく「ゆるっとまるく」つながれる活動を続けていきたいと思います。
まねきねこの目
ITと聞くだけで「無理」と尻込みしてしまう人も多い中、「ゆるまる」というグループの愛称は、とても親しみを感じます。今後ますます進化していくであろうITコミュニケーションツールは、患者のQOL向上や治療、介護の現場で活用されていくと考えられます。そして、それをつなぎ広めていく「ゆるまる」のような、人を介したコミュニケーションもまた重要性が増していくと思いました。