第5回 セルフヘルプグループの発展とその背景
特定非営利活動法人ひょうごセルフヘルプ支援センター
代表 中田智恵海(佛教大学 教員)
SHGは、生活課題を抱える人々にとって自由に活用できる社会資源の一つである、というようにとらえられるはずです。このことを考えるためにも、今回はSHG発展の経緯とその背景に触れておきましょう。
フリーライダー
第4回ではSHGの課題として、活用できるだけ活用して必要がなくなると退会してしまい、世話人の後継者が現れないことをあげました。さらに会員にもならず、SHGの成果を獲得する人たちが多いこともあげられます。例えば、薬が健康保険適用になるように必死の活動をした人も、会員外で何もしなかった人も適用が通れば、どちらも医療費の軽減を受けられます。
これについて、経済学者のオルソン(Olson M.1965)はフリーライダー、つまり、自分は組織に貢献せずに他人の成果にただ乗りする人と説明し、その後、社会学や心理学の分野でも、組織において頻繁に生じる問題として取り上げられてきました。特に入会も退会も自由なSHGにおいては、この問題は深刻です。
かく言う私もフェミニズム運動が活発な時には運動に無関心で、むしろ運動を牽引する女性たちに対して冷ややかでした。それにもかかわらず、女性解放が実現するとその成果にただ乗りして、今、私は就労しています。ですから、私はフェミニズム運動のフリーライダーです。SHGのフリーライダーを肯定したくなるのは自分自身への後ろめたさからでもありますが、一方でそれがSHGの必然だろうとも思うからなのです。
SHGは生活課題を抱える人々にとって自由に活用できる社会資源の一つである、というようにとらえられるはずです。このことを考えるためにも、今回はSHG発展の経緯とその背景に触れておきましょう。
経済上の相互援助形態
SHGの原初形態は18世紀に始まります。21世紀、わが国のSHGが新たな時代に入ったとすれば、20世紀までを第一期、21世紀以降を第二期と呼ぶことができます。18世紀、英国で友愛組合という同業者組織が最初に賃金基準を作り、病気のために働けなくなった同業者を経済的に援助したことがSHGの始まりとされています。近年においては、病気ゆえに経済的に困窮する場合は、治療費の軽減や公的な保障を求めて運動し、仲間同士で経済的に保障しあう、ということはしません。経済的に豊かになる1970年代に数多く設立され始めた日本のSHGは、むしろ個を確立した者同士が相互に助け合い、有機的につながる、という自己責任原理に立脚する近代的個人主義をその基底としています。
個人の心理に焦点を当てる・・・ 依存症からの回復
1935年、米国にアルコール依存症からの回復をめざすAlcoholics Anonymous(AA)が設立されました。これは現在、ギャンブル依存、買物依存や摂食障害のSHGへと引き継がれています。また、シカゴの精神科医Low,A.A.が、精神病から回復した人が再発するのを防ぎ、神経症患者の慢性症状を緩和するためにセルフヘルプを基盤として当事者がフォローアップしあう組織、Recovery Inc.を1937年に設立しました。同じ頃、日本では精神科医森田正馬が、森田療法として神経症状のある人たちによる集団会を開始し、いずれも現在に至っています。このように、専門職者による治療は有効ではないと判断し、課題を抱える当事者が自ら仲間同士でグループを作って回復をめざす場合と、専門職者らが当事者に潜在する有能性に気づき、その潜在能力が開花するように支援しようとする場合との二通りあります。いずれにしても、共通する課題を抱える人たち同士の個人の心理に焦点を当てるSHGとして、典型的な形態でしょう。
社会への働きかけ
第二次世界大戦後、日本では社会に対して病者や障がい児の親たちによる自分たちの権利擁護を訴えるセルフヘルプ運動が起こります。病者が患者自治会を結成し、生きる権利や安心して療養できる生活を求めて運動し、1948年には会員18万人を擁する日本患者同盟が創立されました。一方、知的障がいのある子どもの親たちは1952年育成会を創立し、会員30万人に及んでいます。その他に、かなり遅れて出発した精神障がい者のセルフヘルプ運動があります。わが国ではまだまだ未踏の領域ともいえますが、1908年クリフォードビアーズが『わが魂に出会うまで』を出版して以来、欧米の精神障がい者は社会的に大きく変化してきました。さらに、黒人による公民権運動、女性によるフェミニズム運動、身体障がい者の自立生活運動、病者のセルフケア運動のように、課題を抱える人々自身がそれぞれの生活を改善するために社会に向かって運動し、大きな成果を生んできました。
現在、私たちが取り組んでいる「患者の声を医療に生かす」という活動も、きっと大きな成果を生むだろうと希望をもって臨んでいます。これが実現すれば、医学教育も大きな変貌を遂げるでしょう。私たち患者がその先鞭をつけるのです。
以上はSHGが活動目標別にみたSHGの大まかな展開ですが、次は生まれた背景について説明します。
医療モデルから生活モデルへ
医療の進展により、かつては亡くなるか完治せずに入院生活を余儀なくされていた患者が、病気は治ったが後遺症は残った、あるいは病気を抱えたまま地域社会で生きることが可能になりました。しかし、自分らしく生きるための社会的な支援と情緒的な支援を医療専門職からは得られません。そこで当事者がSHGの場でその経験的な知識を蓄積していこうとします。つまり、患者を医療の面からではなく、生活の面から支えるのがSHGの着目点なのです。よって、多くの患者会では活動の目的を次の4点においています。
(1).より良い医療が受けられるような情報提供
(2).患者間の親睦活動
(3).医療改善のための社会的活動
(4).患者のQOLの向上をめざす
これらは病気を抱えたまま生きる患者の生活の質を上げようとするものです。
ヒューマンサービスを利用できない 社会情勢に対するSHG
SHGは大都市圏に多く見られます。そこでは、科学技術の発展に伴って個々人の感覚や人間性が無視され、機械によるデータや検査結果が重視される傾向が強くあります。また、専門分化しすぎて一人の人を全体としてとらえられなくなっている、家族的で温かい一次的人間関係が失われやすい、といった大都市圏の特性もあります。そのような中で、SHG内で家族的で親密な関係を維持して相互に支えあう人間関係を築こうとする。これはSHGには支えあいがあり、家族的な温かい人間関係が維持されていることが前提です。
しかし、内実は必ずしもそうではない、と世話人の方々は思われることでしょう。仲良しこよしが持続するSHGなど夢物語といえば、言いすぎでしょうか? しかし、それでもSHGはどんどん設立され発展していくのです。 次回は第二期といえる日本のSHGを促進する制度政策的、社会的な背景について述べたいと思います。
筆者紹介
口唇口蓋形成不全の子どもの親の会の元代表、世話人を経て2000年より、佛教大学 教員、特定非営利活動法人 ひょうごセルフヘルプ支援センター代表
情報誌を発行したり、毎年セルフヘルプセミナーを開催して、さまざまなセルフヘルプグループを市民、行政職者、専門職者などに広報し、生活課題を抱えて孤立する人をセルフヘルプグループにつないだり、リーダー支援のための研修会を開催している。