傾聴するうえで大切なこと
はじめに
ピアサポートでは、よく傾聴することが大切と言われていますが、聴いているだけで本当に相手に役に立つだろうかと疑問に思っている人も多いのではないでしょうか。また、相手が話しているときに、次に自分が話す番になったら何を教えてあげればよいかと気もそぞろになって、相手の話をよく聴けていないということはないでしょうか。あるいは、相手が考え込んでしまい沈黙してしまうと、こちら側があわててしまって、何か話題を振ってあげなければと考えていませんでしょうか。
このような疑問をもってしまうのも、ある意味で当然ではないかと思います。それは、傾聴することの意味についてあまり教えられていないという背景があるからではないでしょうか。
今回は、ピアサポートとしての傾聴の意味について考えてみたいと思います。
スピリチュアルケアを担うのは誰か
おそらく、ピアサポートする中でも最も難しいと感じるのはスピリチュアルな苦悩に関しての傾聴ではないでしょうか。
スピリチュアルな苦悩とは、「なんでこんな病気になってしまったのか」「死んでしまうとどうなってしまうのか」「自分には生きている意味などあるのだろうか」「自分の人生は一体何だったのか」などの、生(いのち)の根源的な苦悩を指します。
スピリチュアル・ケアなんて、素人の、トレーニングも受けていないような自分ができることではないと考えておられませんか。しかし、世界の中でも最もスピリチュアルケアのシステムが医療に組み込まれていると考えられる米国において、スピリチュアルケアは誰が担っているかについて調査した研究では、1番が家族・知人であり、2番目が医療者であり、3番目にチャプレンと呼ばれる病院付きの宗教者だったのです(1)。つまり、職業的にトレーニングを受けた人やその専門家ではなく、身近な人が最も役立っていたという結果であったのです。
ですから、家族として、友人として、スピリチュアル・ケアが必要なときに、どのようにできるかを知っておくことはたいへん重要なことなのです。
傾聴することの意味
信頼関係を創る
それでは、傾聴する意味について考えてみましょう。スピリチュアルケアに限らず、ピアサポートでは傾聴することが大切となりますが、傾聴することの1番目の意味は、相手との間に信頼関係を創ることです。
この人は私の話を聴いてくれようとしている、この人は私のことに関心をもってもらえていると、相手側に感じてもらうことが大切なのです。こちら側を信用してもらおうと気をつかい饒舌になる必要はないのです。まずは、相手の話を真剣に聴こうとすることによって、この人は私の味方なのだという信頼をえることができます。
その患者さんがどんな苦しみを抱えているのか、何を不安に思っているのか、何が辛いのか、どうしたいのかなど、相手の話す内容に聞き耳を立ててみましょう。
傾聴するときに、トレーニングを受けたという人がおかしやすい間違いとして、繰り返し(リピート)の多用があります。相手の言う言葉をオウム返しにし、それを繰り返すということは、機械的な技術となります。それならロボットにでもできます。オウム返しを繰り返している対話は、不自然でもあり、話している側にも心地よくなく、決して聴いていることを示す姿勢ではありません。
オウム返しにする、こういうときにはこう答える、こういう質問をすればよいなど、傾聴をマニュアル化できるテクニックやスキル(技術)としてとらえること自体が間違いなのです。
「はい」「そう」「そうですか」「そうなんですね」「へー」「ふーん」などと簡単な返事で肯くだけで十分です。自然な返事を返すことによって、「あなたの言ったことを聴きましたよ、それで次は」というサインを送り返すのです。
オウム返しをすることは、どう返事してよいかわからず困ってしまったときのために、わたしはとっておいています。「辛かったでしょうね」「そんなに痛いんですね」などと相手の感情に思いをはせて受けとめるという返事もよいでしょう。しかし、「ああ、それは○○ですね」「わかる、わかる」「そんなこと、よくありますよね」「ああ、わたしもそうだったわよ」など、自分はあなたのことをよく理解できているんだ、共感していると言わんばかりの表現は避けた方がよいと思います。
自分の方から「あなたの言っていることに共感しました」などという表現はとるべきではありません。相手の方が共感して聴いてくれたと思ってくれたときが、共感的な傾聴なのです。相手の本当の気持ちは、自分には決してわかることはできない。それでも、相手の思いを少しでも理解したいという態度で聴くことが大切なのです。
医療者の間では、傾聴するときに、相手のもつ苦しみを分類しようとする試みがなされることがあますが、わたしは、分類しながら傾聴しようとすることは賛成できません。
この人は、〝自律性の喪失に〞、〝時間の継続性の断絶に〞、〝関係性の消失〞に悩んでいるんだと分類することは、対話の後で振り返るときならよいのでしょうが、対話をしている最中に分類しようとすることは弊害があると考えます。その聴き方が分析的になってしまいやすいし、分類してしまうことによりその人の苦しみを早々に理解したと思い込み、聴く耳を閉ざしてしまう結果になりかねないからです。
あくまでも、この方は、何を苦しみ、何を希望しているのかに焦点を当てて聴きとろうとすることに専念するのが大切なのです。その行為の中で、傾聴する人とされる人の間に、信頼感が創られるのです。
意味や新しい価値観を創る
傾聴することの2番目の意味は、傾聴することによって相手の価値観が再構築されることを支援することです。今までの価値観では上手くいかなくなったのであれば、その人の過去や現在を振り返る中で新しい価値観をもとうとする作業に同伴するのです。
相手が、今までの人生の中で何を最も大切にしてきたのかを見つめ直し、現在の状況にいることを前提に、今何ができるのかと思考を転換していくことを支援するのです。この際にも、主役はあくまで相手であり、こちらが相手に期待することを押しつけてはいけないのです。
現在の状況に対して、どのような感覚をおぼえ、どういう感情をもち、どのように思考してきたかを傾聴する中で、その人が心の底から望んできたことが何であるのかを一緒に考えようとするのです。その願いは、実は本人も気がついてこなかったことかもしれないのですが、傾聴されている間に気づくチャンスが生まれるのです。
今までは、こういうことを大切だと考えてきたけれど、本当はこういうことを希望していたのだと、その人が考えを組み直せることが目標になります。それまで生育してきた周りの環境や他人の意見に影響され、本心とは違うことを自分が望んでいるかのように考え、そのことにとらわれていたのかもしれません。
そんな気持ちで、心の底から望んでいることを見つけ出そうとすることができれば、その人は一歩前に進む準備ができたのかもしれないのです。
新しい価値観のもとに活動していく
3番目は、その人の本心からの願いを見つけ出したうえで、それでは一体これから何をできるのかを考えることに同伴します。そこに、病気の受容(甘受)を経た後の、〝活動〞が始まるのです。そして、活動する中で世の中の人とのつながりをもち連帯することになるのです。
エリカ・シューハルト博士の魂のらせん階段で、第6ステージの甘受を超えて、活動、連帯に至る時と、第1ステージから第5ステージまでの時では、その傾聴の仕方は当然異なってくるのです。しかし、それはその人がどのステージにいるのかを分析的に考えたうえで行うということではなく、相手のその時の関心事に焦点を合わせていると、自然にその傾聴の仕方も変わってくるのだと考えた方がよいでしょう。
沈黙は禁なのか
以上、傾聴の意味について述べてきましたが、最後に、対話中に訪れる沈黙の時間の意味についても考えておきたいと思います。
日常会話では、沈黙すると気まずい空気が流れてしまうために、沈黙があると何か別の話題をみつけて取りつくろおうとします。しかし、スピリチュアルなケアとして傾聴しているときの沈黙は、話題をそらせてはいけません。沈黙の時間は相手にとって考えるための大切な時間なのです。
したがって、沈黙の時間を耐えてじっと我慢し、相手が口を開くまでの時間を待ち、沈黙の時間を共有することが大切なのです。相手が一人きりで考えることには、気力もいるし、辛いかもしれないので、その考える時間を一緒に共有することによって、相手が考えようとすることへの支援ができるのです。
もっとも、相手が疲れてしまい自分の大切な問題に向き合えなくなって沈黙となってしまったのであるのなら、一度対話を終了し、またの機会をもつことの方が有効かもしれません。
まとめ
今回は、単なる情報提供を求めてきたピアサポートではなく、本人が苦しんで相談に来たときの傾聴の仕方について、考えてみました。傾聴することの意味を理解することにより、傾聴はよりよいものになるのです。
加藤 眞三 さん プロフィール
1980年慶應義塾大学医学部卒業。1985年同大学大学院医学研究科修了、医学博士。1985~1988年、米国ニューヨーク市立大学マウントサイナイ医学部研究員。その後、都立広尾病院内科医長、慶應義塾大学医学部内科専任講師(消化器内科)を経て、現在、慶應義塾大学看護医療学部教授(慢性期病態学、終末期病態学担当)。
■著 書
『患者の力 患者学で見つけた医療の新しい姿』(春秋社 2014 年)
『患者の生き方 よりよい医療と人生の「患者学」のすすめ』(春秋社 2004年)
参考文献
(1)Hanson LC, et al. Providers and types of spiritual care during serious illness. J Palliat Med.2008 11(6):907-14.
(2)エリカ・シューハルト著/ 樋口隆一・山本潤・伊藤綾訳 「このくちづけを世界のすべてにーベートーヴェンの危機からの創造的飛躍」アカデミア・ミュージック 2013年