相手を承認することから始まるピアサポート
承認とは
病気を抱えた患者は、今までできていた活動ができなくなったり、自分が担ってきた役割を果たせなくなったり、周囲の人のお世話になってしまうことなどから、自己肯定感が低くなっていることが多いものです。特に、病気が発症・発覚した当初には、突然の生活状況の大きな変化の中で、自己肯定感が著しく低められがちになります。
そんなときに、患者の助けとなるのが患者会などで行われるピアサポートです。ピアサポートでは、その人にとって有益と考えられる知識を提供し教えてあげることも大切ではありますが、忘れてはならない、もう一つの大事な機能に、相手を支え受けとめることがあります。文字通り、患者同士の仲間(ピア)で支え(サポート)合うことがピアサポートなのです。
支えるためのピアサポートは、相手に回答を与えることではなく、相手を承認することにより自己肯定感を高めることが、ピアサポートとしての重要な機能となることを意識してください。
支えるためのピアサポートで大切なのが共感力です。そして、その際に最も必要とされるのは相手を承認することです。病気になり気持ちが落ち込んでいる人も、周囲の人から承認されることにより、その人の自己肯定感はもち上げられてきます。
ここで述べる承認とは、相手を誉(ほ)めたり讃(たた)えることではありません。相手の意見と一致することでもありません。もちろん、否定することでも、貶(けな)すことでもありません。相手を自分が評価するのではなく、相手の状況をそのままに受けとめるということです。
承認には、①存在承認、②意識承認、③行動承認、④経過承認、⑤結果承認の5段階があるといわれます。以下では、ピアサポートにおける、それぞれの段階の承認について考えてみたいと思います。
承認の5段階
①存在承認
これは文字通り、相手の存在そのものを受けとめるという態度です。相手が生きている、そして、目の前にいることを受けとめるのであり、相手の顔をしっかりと見て、相手の話を聴くことから存在承認が始まります。
このピアサポートの場に今来られていること、そして、自分たちの仲間となったことを認めることが、存在承認でもあります。
しかし、たとえば、患者会に参加させて相手を自分たちのためになんらかの形で利用することが会の主目的となれば、それは相手の存在を承認していることにはなりません。患者会のために患者があるのではなく、患者のために患者会があることを再確認してください。
痛みなどの相手の感覚や悲しみ・怒りなど、感情も受けとめます。相手が今どのような状況にあり、それをどう感じているのか、感情を否定することなく、相手がそう感じていることを受けとめるのです。
怒りや憤り、悲しみや苦しみ、普段の会話では避けられるような感情や気持ちも決して否定することなく、受けとめることが大切です。その行為により、この人は自分を理解してくれようとしている人だ、存在を認めようとしてくれている人だと認識することになります。
②意識承認
存在承認により、相手とのある程度の信頼関係を築くことができれば、相手の意識や考え方、捉え方も、承認していきます。
「そんな風に考えてはダメ」とか、「それはあなたの考え過ぎですよ」などと、ラジオで聴く人生相談のように早々に助言しようとすることは避けなければなりません。そもそも10分や15分の相談で、そ
の人の人生を変えるなんてことは不可能なのです。
相手がそのように考えるに至った過去の経過や歴史があるだろうことに思いをはせ、その思考方法もまずは受けとめることが大切です。相手が、今の状況に対して、どのようにしていきたいのかという意欲についても、承認していきます。その時点では意欲をもてていない場合もあるかもしれませんが、そのことも承認します。
③行動承認
次に、今の状況に対して、どのような行動をしてきたかも、まずは承認することから始まります。そして、その行動がどのような結果に結びついていったかについても聴きます。
この際にも、「そんなことをやってはダメだ」とか、「そういう風にすると失敗する」とか、こちらから助言しようとすることは控えます。
行動を起こした結果がどうなったかについても、「そうしたことがこのような結果になったんですね」と相手の受けとめ方を承認します。相手の受けとめた事実は、他の人が考えている事実と異なっているかもしれないけど、まずは相手の受けとめを承認することを優先します。
④経過承認
複数回以上サポートする相手に対しては、経過承認も必要となります。行動した結果、どうなったのか、その結果をどう受けとめ、どのように修正していったのかなど、その人が感じ、考え、行動して、どのような結果を来し、その結果に対して、どうしようとしているのかを否定することなく聴きます。聴くことにより、その人は自分の行動を自分でチェックできることになるのです。
また、「こうした時に、他の人はどのようにあなたの行動を受けとめていましたか」などの他の人の視点を聴いてみることも有用となります。あるいは、「わたしは、あなたの話から、このように感じました。こう考えました」と、自分の視点を提供することも、他人の視点を取り入れるということに役立つかもしれません。
⑤結果承認
相談している内容が一応落ちついた時点では、その結果を承認することになります。しかし、このことは、必ずしも問題が解決したということではありません。もちろん、解決できる問題は解決できればよいのですが、解決できない問題もあるでしょう。その問題を本人が受容することができ、自分の問題として考え、行動に移すことができていれば、その結果を承認することになります。
承認することの頼りなさについて
さて、ここまで、5つの段階で相手を承認することを述べてきましたが、そんな承認するばかりでは問題の解決にはつながらないと、承認の頼りなさを感じられた人もいることでしょう。そして、こんな状況では、相手をしっかりと説得して行動させなければいけないと考えておられるかもしれません。
しかし、それぞれの人には、それぞれの人のもって生まれた感じ方や考え方、行動の仕方があるのであり、それぞれの人の人生を歩んでいるのです。それぞれの人の人生を大切にすることが、相手を尊重することなのです。
相手を説得して、その人の考え方や行動を変えさせるという考え方そのものが傲慢であり、支配的な考え方です。そのような考えをもつ人は、結局は相手を支配することになります。そして、支配された人は他人に依存する人になってしまうのです。依存する人は、いつまでたっても、その人の人生を歩むことができません。ピアサポートは、そのような支配・被支配の上下の関係をつくる概念ではありません。
一方で、患者会では、しばしば、そのような支配・被支配の関係性がみられることがあります。わたしは、そのような上下の関係性を完全に否定するつもりはありません。確かに、支配されることを好む人もいますし、その方が安心感を得られるという人もいます。また、短期的に見ればしっかりとしたボスに支配されているグループが成功しているように見えるかもしれません。ボスの指示に従って行動を変えた人が、身体面ではよい結果となる場合もあるでしょう。
人間はこのような支配・被支配の上下関係のある社会を創って成功してきたという見方もあります。しかし、わたしは、これから来るべき新しい時代の人間社会は横の関係でつながるネットワーク社会になっていくと信じています。そして、そのような流れの中でピアサポートという言葉も生まれてきたのだと考えています。
だからこそ、それぞれの個人の感覚、感情、意識、思考、意志、そして魂を尊重する承認という行為が、これからの患者会では必要だと考えているのです。ピアサポートは、新しい社会で自分の人生を生きることを目指す人を支える活動なのです。そして、そのような活動が新しい時代の人間社会を創っていくのだと思います。
加藤 眞三 さん プロフィール
1980年慶應義塾大学医学部卒業。1985年同大学大学院医学研究科修了、医学博士。1985~1988年、米国ニューヨーク市立大学マウントサイナイ医学部研究員。その後、都立広尾病院内科医長、慶應義塾大学医学部内科専任講師(消化器内科)を経て、現在、慶應義塾大学看護医療学部教授(慢性期病態学、終末期病態学担当)。
■著 書
『患者の力 患者学で見つけた医療の新しい姿』(春秋社 2014 年)
『患者の生き方 よりよい医療と人生の「患者学」のすすめ』(春秋社 2004年)