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マスコミやネット上の情報に
惑わされないために

マスコミやネット上の情報に惑わされないために

新型コロナウイルス感染症の報道

2019年12月より現在までの間、新型コロナウイルス感染症のために私たちの生活は大きな混乱と犠牲を余儀なくされました。世界レベルのパンデミックだったので、やむを得ない面もありますが、マスコミやネット上に流される情報も混乱の一因となっています。
テレビや新聞などの報道で、多くの人が感染情報に脅かされ、不安感をかきたてられました。人々を脅かすことで家に閉じ込め、感染拡大を沈静化しようとする行政側の意図もありますが、マスコミが大衆の恐怖心をあおって視聴者をひきつけ、視聴率を上げようとしているかのようにも見えました。毎日、茶の間にコロナ感染者が何人だったかが報道され、まるでテレビ番組は祭りを楽しんでいるかのようでした。

あおられる恐怖心からくるイジメとステイホーム

このようにして恐怖心をあおられ、安全が侵されているように感じてしまうと、自分の身を守るために、人は他人に攻撃的になってしまいます。その結果として、コロナ感染者は村八分にされたり、感染者を扱う医療機関で働いている人がイジメや差別の対象になるのです。献身的に病院で働く看護師の子どもが幼稚園や学校で差別を受けるなど、心が痛む悲しいニュースもありました。これも、新型コロナウイルス感染症を正しく恐れ、そして対処するための情報が十分に行き届かなかったためだと考えられます。
ステイホームが強調された時期もありました。日本人の多くは従順であり、法律で縛られていなくても要請に従いました。公園やその駐車場が閉鎖されても文句を言わず、デパートや劇場、飲食店なども協力的に休業しました。しかし、ステイホームの強調により、自宅からほとんど外出することのない人が増え、他人との交流が絶たれ、気持ちが暗くなりうつ気味になった人もいます。運動自体が気持ちを明るく保つうえでも大切な行為であるからです。
市民の多くが新型コロナウイルスに感染しないようにと家に閉じこもり、免疫を高めるためにと栄養を十分に摂ろうとし、コロナ太りが増えました。運動不足と栄養摂取の過多は肥満を増やし、糖尿病や脂質異常症を悪化させます。実際に私の外来に通う軽い糖尿病の患者さんが、この期間に血糖コントロールの長期指標であるHbA1cと血中脂質の値を著明に悪化させていました。外出が恐いし、病院に来るのはなおさら恐いからと、受診をしなかったため、長期間にわたり糖尿病状態が悪化していったのです。
肥満や糖尿病の悪化は新型コロナウイルス感染症への抵抗力を弱め、重症化や死亡のリスクを高めます。他人との濃厚な接触を避けたうえで、運動することや肥満にならないような注意をもっと報じるべきであったし、近所を散歩することでは感染はまず起きないし、むしろ散歩することの方が好ましく、他人と距離をとって、会話をしない状況なら外ではマスクをしなくてもよい場合があることを報道すべきだったと考えます。実際、英国ではロックダウン時にも運動のための散歩は守るべき大切なものとして認められていました。多くの難病の方にとっても運動を継続することは大切であったはずです。
京都大学の山中伸弥教授が新型コロナウイルスに関するホームページを開設しましたが、わが国におけるマスコミの報道が偏っていることを危惧し、情報のバランスをとるためだったと思います。筆者も同様に2020年3月からYouTubeの発信を始めました。マスコミの報道はスポンサーや政府の意向に寄り添ったものが多く、それらの意向に左右されない科学的に中立な医療情報の提供が社会には必要とされています。患者や一般市民も、マスコミの情報だけでなく、広く情報源を求めて、普段から信用できる情報源を確保しておくことが大切です。

信頼性の乏しい情報で期待をあおる報道も

一方で、市民の期待をあおるだけの報道も後を絶ちません。そのひとつが、大阪府の吉村知事による、ポビドンヨード系の「うがい薬会見」です。吉村知事は「うそみたいな本当の話として、ポビドンヨードの入ったうがい薬でうがいをすることで、コロナ陽性者が減っていく」と記者会見で述べ、その日の夕方には薬局からポビドンヨード系のうがい薬が姿を消してしまいました。
その時に公表された研究結果は、大阪はびきの医療センターで感染者にポピドンヨード液で集中的にうがいをしてもらったところ、していない人と比較して唾液中のウイルス量が減少したというだけのものでした。このことで、新型コロナウイルスへの感染や重症化を予防したり、他者への感染を予防すると考えるのは論理的な飛躍があります。
科学的研究は、過去の論文の積み上げの上になされます。適切なコントロール群を対照とした科学的な方法に則り、統計処理がなされたうえで、学術雑誌などに投稿され、それが専門家によって審査され、論文として公表されて初めて薬の効果が科学的に認められることになるのです。吉村知事の会見のような形で、信頼性の低い不完全な研究結果を発表し、期待をあおることは望ましくありません。また、マスコミが、不確かな内容を目立つような形で取り上げることも適切ではありません。
筆者は、東洋経済オンライン上にこの事件についての記事※1を書き、次のように締めくくりました。「感染拡大が続く現状を考えると、今回のような不確実情報が瞬く間に全国に広がり、人々の行動に影響を与えてしまうようなことが繰り返されるのではないかと危惧しています。情報に振り回されることなく、しっかり情報を吟味して行動できる人々が増えるよう、反省する機会としてとらえることが必要でしょう。」

※1 東洋経済ONLINE.
https://toyokeizai.net/articles/-/368616(2021年11月5日閲覧)

二重盲検比較試験による検証の大切さ

現代医療で使用される薬剤は、二重盲検比較試験によりその効果や副作用が確かめられたうえで審議・承認され、使用されることになります。二重盲検法とは、薬を処方する医師にも薬を服用する患者さんにも、その薬が実薬かにせの薬(プラセボ薬)かが分からないようにした状態で薬の効能を確かめようとするものです。実は、プラセボ薬であっても、ある程度の効果があったり、副作用が出ることがあるからです。
たとえば、多くの日本人も接種したファイザー社製のCOVID-19ワクチンの治験※2では、対象者を無作為に2群に分け、そのうえで治験薬群(BNT162b2)とプラセボ群(偽薬:ここでは生理食塩液)をそれぞれ21720人と21728人に投与して、効果や副作用が確かめられています。その結果として、2回目のワクチン接種後7日以上経過した後では、治験薬群では8人、プラセボ群では162人に発症があり、95%の感染を抑える効果があることが実証されたのです。また、副作用(副反応)として倦怠感や頭痛、筋肉痛が報告されたのですが、たとえば55歳以上の人で2回目の投与後には、治験薬群で51%、39%、29%の人にみられましたが、驚くことにプラセボ群でも17%、14%、5%の人が訴えたというのです。
このように、薬の本当の効果を確かめるためには、厳密な検証が必要となります。副作用の発現は生理食塩液を使用したプラセボの投与でもみられることがわかります。だからこそ、二重盲検比較試験が行われ、実証されることが求められるのです。その前の段階では、効果があるのか否か、副作用の発現についても、薬そのものの影響とは言い切れないのです。
テレビや新聞、ネットなどでの報道は、恐怖をあおったり、エビデンスが十分になくても期待をあおる番組や記事も多く存在します。患者さんや市民は、日頃から信頼できる情報源を少しでも多く確保しておくことが大切です。

※2 Polack FP, et al. N Engl J Med. 2020; 383(27), 2603 -15.

ニセ健康情報にだまされないための態度と準備
①基本的な健康常識を身につけておく
②発信する相手の目的を知る
③情報の信用の重み付けを意識する
④良い情報源を日頃から確保する
⑤今、行動(購買、適応)すべきかどうか吟味する
⑥信用できる人に相談する
⑦自分の感覚・体験を大事にする

加藤 眞三さん プロフィール

加藤 眞三 さん 加藤 眞三 さん 1980年慶應義塾大学医学部卒業。
1985年同大学大学院医学研究科修了、医学博士。1985〜1988年、米国ニューヨーク市立大学マウントサイナイ医学部研究員。その後、都立広尾病院内科医長、慶應義塾大学医学部内科専任講師(消化器内科)を経て、慶應義塾大学看護医療学部教授(慢性期病態学、終末期病態学担当)。現在、慶應義塾大学名誉教授。

■著 書
『患者の力 患者学で見つけた医療の新しい姿』(春秋社 2014年)
『患者の生き方 よりよい医療と人生の「患者学」のすすめ』(春秋社 2004年)