「かものは(鴨の羽)色」の 時代を生きるために
時代が大きく変わろうとしている
2020年を過ぎた頃から、世の中全体が大きく変化してきていることを感じていませんでしょうか?
新型コロナウイルスのパンデミックに引き続き、それを機に一気に進んだオンライン授業やリモートワーク、無観客で強行された東京オリンピックとその前後で明らかになった不正と利権構造、そして、ロシアのウクライナ侵攻と、英国首相やイタリア首相などの辞任、安倍元首相の事件と旧統一教会の問題など、今までの社会のあり方を大きく変える出来事が立て続けに起きています。
これから一体どのような時代を迎えようとしているのでしょうか?「かものは(鴨の羽)色」(青緑色)の時代が訪れ、こんな生き方になるのではないかというのが、今回の話題です。
ティールの時代
フレデリック・ラルー※1は、新しい時代に組織がどのように運営されているかを調査・研究し、『ティール組織』という本を著しました※2。ティール(Teal)は英語で青と緑の中間色のことであり、鴨の頭から頸にかけての独特の羽の色を指します。実は、鴨の羽色は、わが国でも健康・長寿を願う縁起の良い色として古くから使われてきた色でもあります。万葉集の大伴家持の和歌として、次のように詠われています。
「水鳥の 鴨の羽色の 青馬を 今日見る人は 限りなしといふ」
年の初めに青い馬を見れば、1年を無病息災で過ごせるという中国からの古い言い伝えがあり、新しい年を健康に過ごしたいと多くの人々が神社を訪れている様子が詠われたものです。現在も、上賀茂神社、住吉大社、鹿島神宮などの神社で、1月7日の白馬節会(あおうまのせちえ)に白馬神事(あおうましんじ)が行われます。今は青い馬ではなく白い馬が神社内を巡拝しているため白馬と書かれていますが、あおうまと今でも読まれているのです。
※1 フレデリック・ラルー(Frederic Laloux)
1969年生まれ。ベルギー出身。MBA(経営学修士)取得。マッキンゼーで15年働いた後、独立。組織の進化論を説いた、世界的ベストセラー『ティール組織』(原題:Reinventing Organizations)著者。発行部数は世界で35万部。
※2 参考図書:フレデリック・ラルー (著)、鈴木立哉 (翻訳)『ティール組織-マネジメントの常識を覆す次世代組織の出現』英治出版 2018
ティールの時代への歩み
ラルーは歴史学、文化人類学、発達心理学などの研究を参考に、人類の組織を分類し、無色から、マゼンタ(紅紫色)、レッド、アンバー(琥珀色)、オレンジへ変遷してきたこと、そして、グリーンが現れ、ティールの時代を迎えるだろうと述べています。
無色の時代は人類の初期の発達段階です。家族や血縁関係などの小さな十数人までの集団で暮らし、他人と自分、環境と自分を完全には区別できていません。狩猟社会であり組織も育っていません。
マゼンタの時代は、数百人の単位でつくられる部族へ拡大し、複雑な共同作業が可能となります。世界は神秘的であり、儀式を行い古老や巫女に従って安心を得ようとします。今を生き、過去が混在するけれど、未来予測に基づく行動はほとんどありません。生後3〜4ヶ月の子どもに相当する発達段階です。
レッドの時代は1万年ほど前に現れ、数万人レベルの組織へと拡大します。自我が目覚め、他者や世界から自分は異なった存在として認識します。恐れを感じ、死を現実的なものとして意識します。力により強者が弱者を支配し、感情が抑制されることなく衝動的で暴力がふるわれ、アメとムチの人間関係で役割分担や分業が行われます。大規模な奴隷制がつくられます。
アンバーの時代には、単純農法の部族社会から農耕社会が発展し、国家が形成され、文明や制度、官僚制や宗教団体などが形づくられます。階級社会であり、社会の安定が好まれます。因果関係の理解により、将来に向けた計画で行動します。社会に受け容れられた正しいとされる方法やモラルがあり、規則と道徳から外れることに対して、恥ずかしさや罪の意識を感じます。
オレンジの時代には、科学・技術が興隆し、イノベーションや起業家精神が重んじられ現在の実力主義となります。オレンジの時代の過度な物質主義・競争主義が反省されると、平等と多様性を重視するグリーン型組織が生まれます。さらに、各自が自主的に活動し生命型の組織を創るティール型の組織の時代になると想定されているのです。
ティール組織では
ラルーは、現在の社会で上手く機能しているティール組織では次に挙げる3つの特徴があると述べています。
①自主性(セルフ・マネジメント)
基本的にフラットな関係性の中にあり、大組織であっても、階層やコンセンサスに頼ることなく、仲間との関係性の中で動くシステムがつくられ、メンバー各人の自主的な 判断が促されます。
②全体性(ホールネス)
今までの組織では、情緒的、直感的、精神的な部分は歓迎されず、男性的な強い意志、決意と力を示し疑念と弱さを隠すこと、合理性が優先されてきました。ティール組織では、精神的全体性が呼び起こされ、自分をさらけ出し職場に参加する気にさせる慣行が実践されています。
③存在目的
ティール組織はそれ自身の生命と方向感をもっているとみられています。組織のメンバーは、指導者の将来予測によりコントロールされるのではなく、将来的に組織をどのようにしたいのか、どのような目的を達成したいのかについて耳を傾けられ、理解されようとします。
ティール組織では、上司が部下を管理し支配するのではなく、各自の自主性が重んじられ、機械やロボットの中の一部品として使われるのではなく、人間全体として職場にかかわることが可能になるのです。そして、生命体や生物であるかのように臨機応変に働く組織が実現されているのです。人類の生産能力・エネルギー利用の仕方の発展、コミュニケーションのあり方の変化から、組織づくりが複雑化し、最終的に個々人が有機的につながる社会になるというのです。
実存的変容とティール時代の生き方は
ソニーでCDなどの開発にあたった土井利忠(ペンネーム 天外伺朗)氏は、実存的変容を解説する本※3 の中で、全盛期のソニーはティール組織であったと述べています。天外氏は、組織マネジメントや瞑想法、実存的変容などに関心をもち活動しています。実存的転換を実現した人の中にがんの自然退縮がみられたという池見酉次郎氏の報告に着目しています。人類が実存的変容を経過しティール時代が実現するだろうと述べ、実存的変容を経過した人の生き方として、次のような特徴を挙げています。
1自分に対しては
●出世、名誉・名声・金のために競争的ではない。
目標や夢を設定し追いかけることを優先しない。美しい物語にあこがれない。むやみに理想を追わない。聖人にあこがれない。「いい人」「強い人」「立派な社会人」「人格者」を装わず、素の状態、裸で生きている。自分の弱さや欠点をさらすことに抵抗感がない。自分と人、あるいは他人同士を比較しようとしない。人は一人ひとり、存在しているだけで十分に価値があると実感している。
2外部の出来事や他人に対しては
●いい・悪いの判断をせず、起きた出来事や結果、自分や他人の行為、自分や他人そのものなどをありのままに受け取り、判断を保留する。
●出来事に対して
整理された秩序を求めず、秩序のない混沌(カオス)の中にいても居心地の悪さを感じない。「正・誤」を判別せず誤を切り捨てないで、その中に潜む叡智を探す。「正義・悪」のパターンで読み解こうとせず、「正義」を振りかざして「悪」を糾弾しない。発生した出来事や世の中の現象などに対して、論理的で美しい説明や理由づけを求めず、出来事や現象がただ「ある」ことを認める。いかなる結果も淡々と受け入れる。
●他人との関係性では
「善人」と「悪人」を切り分けず、抱えている葛藤の重さが違うだけと認識。他人を批判しない。他人も自分も組織も世論も「コントロールしよう」としない。説得して他人の意見を変えようとしない。自分と異なる意見、思想、価値観、文化の人と一緒にいても居心地の悪さを感じない。他人の問題行為、わがままな行為、エゴむき出しの行為に対して、嫌悪感を抱かない。「自己顕示欲」むきだしの言動に走らず、自 らの「自己顕示欲」の存在をしっかり把握。恋愛は、激しく燃え上がらず、静かな感じに。パートナーに対して、独占欲や嫉妬心が希薄になる。あらゆる場面で「無条件の愛」が発揮される。
●自分と他人の関係性の中で
自分自身、起きている出来事、他人との関係などを、客観的に見る視点を確保し自分や自分の言動がどう見られるかを気にせず、自分をまげて他人や社会に無理やり合わせたり、おもねたりしない。
●時の流れに対して
むやみに過去を悔やまず、未来を思い煩わない。自らを明け渡し、宇宙の流れに乗ることができる。
※3 天外伺朗『実存的変容 人類が目覚め、「ティールの時代」が来る』内外出版社 2019
患者学の視点からみた実存的変容とティールの時代
天外氏は人間の文明の進展の結果として、人類の間で今後実存的変容が起き、そのような人が活躍する時代になるだろうと述べています。
先日開催した公開講座「患者学」での対話に参加された方は、「いのち」にかかわる重い病気を何度も経過して来られた方でしたが、まさにこのような考え方で生活されているので驚かされました。難病や重病を体験されたからこそ、こんな生き方にたどりつかれたのではないでしょうか。
最後に
かものは色の時代への変化は、人類の文明の進む方向に沿ったものです。新型コロナウイルス感染症のパンデミックやロシアのウクライナ侵攻などがそのような変化を促進させることになるだろうと、私は考えています。そして、そんな時代への変化は患者会などで活動している人達が先導していくのではないかと私は密かに期待しています。
加藤 眞三さん プロフィール
1980年慶應義塾大学医学部卒業。
1985年同大学大学院医学研究科修了、医学博士。1985〜1988年、米国ニューヨーク市立大学マウントサイナイ医学部研究員。その後、都立広尾病院内科医長、慶應義塾大学医学部内科専任講師(消化器内科)を経て、慶應義塾大学看護医療学部教授(慢性期病態学、終末期病態学担当)。現在、慶應義塾大学名誉教授。
■著 書
『患者の力 患者学で見つけた医療の新しい姿』(春秋社 2014年)
『患者の生き方 よりよい医療と人生の 「患者学」のすすめ』(春秋社 2004年)