ティール組織とソース原理の融合
はじめに
第18話も、人類の新しいあり方としての組織、ティール組織について引き続き考えてみたいと思います。その理由の一つは、患者会という組織を運営するに当たって、読者が何らかのヒントを得られるのではないかと思うからであり、もう一つの理由は、医療全体を一つの組織として眺めてみるとき、医療の中で、患者、市民、医療者などの組織に関係する者がどのように関係性をもち、参加できるかのヒントが得られると考えるからです。
わたしはティール組織を書籍1,2)で読んだとき、これが近未来における人類社会のあり方であろうと直感しました。そして、ティール組織についてより詳しく知りたいと、2023年1月から開催された天外伺朗氏のセミナー(ティール組織とソース原理のダイアログ、全6回)に参加しました。このセミナーは、わが国でティール組織とソース原理を普及させようと中心的に活動している嘉村賢州氏、青野英明氏、山田裕嗣氏が講師を務めていました。このセミナーで、わたしは初めてソース原理を知りました。
ソース原理の本質を知りたいと同年7月には、スイスで開催される「ソース原理のワークショップ」に参加しました。このワークショップはソース原理を提唱したピーター・カーニック氏とその高弟であるステファン・メルケルバッハ氏が運営するものでした。このセミナーには、わが国でティール組織に向かって中心となって活動している人達と一緒に参加することができ、ティール組織とソース原理について理解がより一層深まりました。
そこで、これらの2つのセミナーとワークショップを通して、医療の文脈の中でティール組織について理解し考えたことをお伝えしたいと思います。
ティール組織の特徴
組織の上に立つ者はストレスと不安を抱えて疲弊し、下にいる者はやる気を失っているという現代社会の組織のあり方に疑問をもったフレデリック・ラルー氏は、新しい時代の組織のあり方についての調査研究を始めました。従来の上から下への命令や管理によって運営する機械的な組織ではなく、現場で臨機応変に対応できる生命体的組織が世界の各地に誕生していることを見い出しました。ラルー氏はその組織をReinventingorganizations(再発見し続けていく組織という意味。わが国では進化型組織、ティール組織と翻訳される)と名付け、12の組織を代表例として紹介しています。
ティール組織は次の3点の特徴をもちます。
①セルフ・マネジメント(組織に参加するメンバーの自律的な活動)
②ホールネス(個人および組織の全体性を尊重)
③エボリューショナリー・パーパス(新しい状況に対して、常に現況から目標を見つけ出し臨機応変に対応)
以下、この3つを解説します。
①セルフ・マネジメントは自主的経営と翻訳されていますが、これは経営者側だけの問題ではなく組織全体にかかわることです。したがって、セルフ・マネジメントと訳したほうがより親近感をもって理解されるだろうと思います。現場の人やグループに決定や判断がゆだねられていることを意味しています。多様化・複雑化する社会の中で、トップが全てを判断し指令を出すのではなく、現場で判断することが欠かせない状況になっているからなのです。そして、その方がやる気が起きるからです。
②全体性(ホールネス)は理解が難しい言葉ですが、機械の歯車や将棋のコマのようになるのではなく、各自が一人の人間として尊重されるという意味です。ある分野の専門家として組織の活動にマスクをかぶって部分的に参加するのではなく、人間全体として素顔を出して参加することを指します。医療の中で考えれば、身体の部分的問題だけでなく、心理的、社会的、スピリチュアルを含む4つの次元において対処しようとする全人的医療にも通じる考え方です。
③エボリューショナリー・パーパスも説明が難しいのですが、将来の予測に基づき長期計画を立て未来をコントロールしようとするのではなく、組織が社会の中でどのようになりたがっているのか、どのような目的をもって活動したがっているかに耳を澄まし、その方向に向かって組織を進めることを指しています。変動しやすく不確実で複雑化し先行きが不透明な時代に、固定した計画を遂行するのではなく、常にその組織の目的やビジョンを見つめ直し続けなければならないという意味です。
このような3つの特徴をもつティール組織として、オランダで在宅看護を担っているビュートゾルフ、ドイツのメンタルヘルスの病院、小売業、金属メーカー、エネルギー関連の企業、アウトドア用品のメーカー、ITコンサルティングなどが挙げられ、多様な業種が含まれています。これらの組織はお互いが連絡を取り合って生まれたのではなく、世界の各地で同時多発的に起ち上がっていたのです。時代が求める形として生まれたのです。
ティール組織は経営の分野で注目を集めていますが、実は営利企業だけでなく医療や教育など非営利組織にもティールは拡がっています。ティール組織に関心をもつ経営者が、自社に導入しようとしても、実現することは難しく、わが国で挑戦した企業の多くが失敗をしてきたということです。
ティール組織なんて理想論であり、現実にそんなものが成り立つ訳がないと、皆さんも思われたのではないでしょうか。しかし、現実にティール組織は存在し、成功し、成長し、多分野で増えているのです。組織のソースが呼びかけのもとに運営され結果として形づくられたのがティール組織なのです。
ソース原理とティール組織
ティール組織を実現するうえで核心的に重要と考えられているのが、ピーター・カーニック氏が提唱するソース原理です3)。ラルー氏も自分のYouTubeチャンネル上でソース原理の大切さを強調して述べています4)。
「ソース」とは、組織の目的を直感的に感じとり、それを実現しようとリスクを取って起ち上がった人のことです。カーニック氏は、ソースは組織に1人しかいないと主張しています。
全ての参加者が自主的に活動(セルフ・マネジメント)するティール組織と、1人のソースが活動の組織の方向性を見つけ活動の境界を決めるというソース原理は、一見相容れないように思えますが、2つが微妙なバランスのもとに両立する中で運営されているのがティール組織です。
ソースには、Ⅰ.起業家としての役割:その組織がどのようなビジョンをもち、そのビジョンに向かってリスクを取って行動する、Ⅱ.ガイドとしての役割:次に取るべきステップを明確にし、他のメンバーに呼びかける、Ⅲ.守護者としての役割:プロジェクトのフレームワークを守り、組織が活動する範囲や境界を明確にする、の3つの役割が挙げられます。一方で、それぞれの現場での意志決定は現場の人に任して運営しているのです。
ティール組織としてのビュートゾルフ
ラルー氏が講演する中でティール組織の具体例としてよく取り上げているのが、オランダの在宅ケアモデル、ビュートゾルフです。最大12人の独立した専門チームが40~50人の地域利用者を担当し、働く者同士がオープンな関係性のもとに運営されています。本社機能・管理部門などが小さいことが特徴です。看護師を中心とした専門チームが運営に当たり、雇用する人を決めるのも自分たちであり、ICTを上手く活用しながら、コストと業務を効率化しつつ、質の高い在宅ケアサービスを提供しているのです。
ビュートゾルフは2007年にスタートし、今やオランダの在宅ケアの約60%を超えるまで成長しています。1万人を超える所属看護師の職場満足度も高く、利用者の満足度もオランダ国内でトップです。高齢者の在宅ケアから始まり、青少年や精神科の在宅ケアまで活動分野を増やし、今では、アジア、ヨーロッパ、アメリカなどの諸国に拡がっているのです。
この他にも、ドイツの精神医療の施設や学校もティール組織として成功した例があります。ティール組織は、営利企業だけではなく、医療や非営利組織(NPO)などにも拡がっているのです。
医療をティール組織とソース原理から眺める
さて、日常の医療の分野にティール組織とソース原理の考え方を採り入れると、新しい医療のあり方が見えてくるように思われます。
①セルフ・マネジメントは慢性病や生活習慣病においては、特に重要なことです。また、難病患者では一人ひとりの状況が異なるために、個々の判断が必要とされます。医者や医療者任せ、薬任せ、行政任せにするのではなく、当事者である患者やその周囲の人のセルフ・マネジメントも求められます。
②全体性を重んじる医療は、より人間的なかかわりになります。身体の一部を治療するために、薬や手術、装具などを使うという身体的治療だけで終わるのではなく、心理的、社会的、スピリチュアルな面も含めて全人的な医療を提供することが、近未来の医療として求められるでしょう。
③エボリューショナリー・パーパスは、慢性病の経過の中において、患者さんがその都度どんな方向へ向かっていくのかを見直していくことに相当します。
ソース原理はそれぞれの個人の生き方にも適応されます。自分のソースとして、わたしは何を目指しているのかを常に問い直し、その方向に向かって歩んでいくことになります。そして、そのことを周囲の人にも話し理解を求め、その人にとって目指す医療、その人の目指す人生を歩むことに相当するのです。
このように、ティール組織とソース原理は単に企業の運営の仕方として学ぶだけではなく、新しい時代の人間の生き方、周囲の人々とのかかわり方を示しているものとして学ぶことができるのです。
参考文献
1)Frédéric Laloux 『Reinventing Organizations:A Guide to Creating Organizations Inspired by the Next Stage of Human Consciousness』[English Edition] Nelson Parker 2014、フレデリック・ラルー(著)、鈴木立哉(翻訳)、嘉村賢州(解説)
『ティール組織ーマネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』英治出版 2018
2)天外伺朗『実存的変容 人類が目覚め、「ティールの時代」が来る』内外出版社 2019
3)トム・ニクソン(著)、山田裕嗣、青野英明、嘉村賢州 (監訳) 『すべては1人から始まる――ビッグアイデア に向かって人と組織が動き出す「ソース原理」の力』英治出版 2022
4)フレデリック・ラルー:Reinventing organizationsチャンネル「新しい世界観におけるリーダーの役割(Your roles in this new world)
加藤 眞三さん プロフィール
1980年慶應義塾大学医学部卒業。
1985年同大学大学院医学研究科修了、医学博士。1985〜1988年、米国ニューヨーク市立大学マウントサイナイ医学部研究員。その後、都立広尾病院内科医長、慶應義塾大学医学部内科専任講師(消化器内科)を経て、慶應義塾大学看護医療学部教授(慢性期病態学、終末期病態学担当)。現在、慶應義塾大学名誉教授。
■著書
『患者の力 患者学で見つけた医療の新しい姿』(春秋社 2014年)
『患者の生き方 よりよい医療と人生の 「患者学」のすすめ』(春秋社 2004年)