医療の質と安全“医師に求められるもの”「患者さんの声を聞く」
患者が講師となり、医学部の授業を行う群馬大学医学部
「4月21日群馬大学医学部において、「医療の質と安全-医師に求められるもの-『患者さんの声を聞く』」という授業が行われました。医学部5年生を対象に、3人の患者講師が自らの経験や思い、医学生に対する期待を語り、それをもとに学生たちが話し合うという画期的な授業でした。 そこで今号のまねきねこでは、患者が直接、医学教育へのかかわることの試みが、どのような意味を持つのか、参加した患者講師はどのような思いでこの授業に取り組んだのかを探ってみました。
教科書や授業からは学べないことを、患者さんから学ぶ
病気を切り口に、患者講師が思いや経験を語る
群馬大学医学部附属病院 医療情報部 部長 酒巻 哲夫教授
講義後の学生のレポートを読むと、この授業の意味を改めて感じることができます。どのレポートも講義から得たことをきちっとまとめており、成果のない学生はいませんでした。今回の授業のきっかけとなったのは「医学生と学ぶ『医療のしくみと情報』」という公開講義で、参加した患者さんが心の奥底の思いを素直に語ってくれたことから、ぜひ患者講師による授業を行いたいと考えたのです。当初は6年の夏頃を検討していましたが、カリキュラムの改定で5年の4月に集中して時間がとれることになり、ちょうど臨床実習が始まるので、医療の安全や質を集中して学び、実際の実習に向かってもらおうということになりました。
患者講師の方には、まず病気という切り口から話を持っていくために、病気に焦点を当てた事前資料を書いてもらい、学生に予習してもらいました。その上で、自分の病気を淡々と語っていただくようにお願いしました。最初から、患者さんの強い思いをぶつけられてしまうと、経験のない医学生は状況が把握できなくなると考えたからです。
3人の患者講師の方はとても素晴らしく、患者経験というバックグラウンドをもとに、講師としての役割を十二分に果たしてもらえました。自分の受けてきた医療について、その中でどういうふうに感じてきたのか、経験を素直に語ってくださった。教科書に書いてあることや、教授から教えられることとも違う、心に響くメッセージだったと思います。
「患者の声を聞く」というのは、患者さんのことを第一に考える医師になってほしいということが目的なのです。また、患者さんによる講義は、実は、患者講師の側にも大きな意味合いがあると考えています。3人とも最終的には、医療者に対するわだかまりがある程度溶けたのではないかと思います。
きちんとしたメッセージを持ってお話いただくという役割を確認するために、非常勤講師になってもらったことも意味がありました。また授業の最初に、医学部長からこの授業の重要性が語られることで重みが増しましたし、大学や他の教授のバックアップが得られたこともよかったと思います。
医学生に伝えたかったメッセージとは
私が伝えたかった「教科書に書いてあることと、患者さんがいうことは違う」ということに、鋭く気がついてくれる学生がいました。どんなに深く教科書を読んでも、患者さんが語る「自分の病気の像」というのはまったく違います。医師の先輩である我々が講義をすれば、結局、教科書と同じものになる。患者さんは、たとえば、さまざまな事情があって苦しんでいることや、家族との間に葛藤があることなど、医師の先輩からは伝えられないことを語ってくれます。
そもそも診察室で向き合っている場面と、そこを離れたときの患者さんの意見は違います。医学生に、診察室でコミュニケーションをとりなさいというだけでは解決しない問題がある。診察室を離れて、患者さんや家族と話すこと。世間話ではなく目的を持って話をする場所が必要だということを言っていきたい。そこで初めて、その裏側が見えるだろうし、患者さんも医師の裏が見えるだろうと思います。
この授業は、医療の質と安全という講義の一環で、「医療の質」にかかわっています。医療制度や医療事故も取り上げ、最後の締めくくりのところでこの授業を受けるので、インパクトは強いと思います。また、最後にもってきたのは、学生に宿題を出すという目的もありました。事前に勉強してこないと涙だけが残ってしまうからです。患者さんの話を聞くと、学生にもさまざまな感情がまき起こってきます。それはとても大切なことで、強い感情の中で植え付けられたものは一生、忘れない。しかし、ただ単に患者さんの声を聞けばいいというものではないし、涙を流すだけ、あるいは世の中って厳しいなと知るだけでは困るのです。今回の授業で、医学生たちは、患者さんにも、診察室とは別の場面というものが存在することに認識を持ち、教科書に書いてないことがあることもわかり、講義してもらった3つの病気については詳しく覚えられ、一生忘れないだろうとも思います。
今回、期待した以上の成果が得られたので、来年度もほぼ同じスタイルで行いたいと考えています。課題としては、家族との関係をどうクローズアップするかということが出てきています。また茶話会など、形式張らない時間を少し設けたいとも思っています。そして、今回の授業は、単なる講義の記録ではなく、読本のようなものにまとめたいと考えています。
今回の授業は、医学部の教授も多数参加して行われました。講義の冒頭、後藤文夫群馬大学医学部長は「患者さんには悩みや苦痛が何年も続く人もおります。そのほんの一時期を私たちは診察しています。その中で、患者さんの心を少しでも汲み取って、コミュニケーションをとって欲しい。今日のこの授業によって、日本の医療、群馬大の医療への貢献に寄与するきっかけにして欲しい」と述べました。