医学界からも注目される医学教育への患者の参加
第42回 日本医学教育学会大会 『患者と作る医学の教科書』などについての発表が行われる
7月30・31日、東京・都市センターホテルにおいて、医学教育に関する研修の充実・発展、その成果の普及を目的とする日本医学教育学会大会が開催され、「社会と共に歩む医学・医療教育を求めて」を基調テーマとして、講演やシンポジウム、パネルディスカッション、市民公開講座などが行われました。今回は、社会とともに歩む医学教育という観点から、コミュニケーション教育や医療倫理、当事者参加型の医学教育についての発表や討議が盛んに行われ、VHO-netのメンバーでもある酒巻哲夫 群馬大学医学部教授、加藤眞三 慶應義塾大学医学部教授、高畑隆 埼玉県立大学教授も発表を行いましたので概要をご紹介します。
医療倫理の一般演題として、酒巻教授・加藤教授による口演が行われました。
患者の医療体験で行う臨床直前講義
(群馬大学医学部医療情報部)酒巻 哲夫 さん
群馬大学医学部では、社会との接点、現実を強く意識したプロフェッショナリズム教育が必要であると考え、5年次の臨床直前での2週間の必修集中講義「医療の質と安全」を2006年から開講しました。内容は、安全管理、診療録、法・制度、接遇など医療の社会的側面の講義、および「患者さんの声を聞く」です。
この「患者さんの声を聞く」では、群馬大学が非常勤講師として患者さん4人を任用しています。学生は予め患者さんの病歴を教科書などで自習してきます。当日は午前中に各患者講師の医療経験を30分ずつ講義してもらいます。午後は10グループに分かれ、学生がしてきた事前学習と患者講師の経験について議論します。患者講師は20分ごとに各グループを巡回し、学生との質疑応答に対応して理解を深めます。最後に、各グループの代表者が議論の要旨を5分で発表し、全体討議をします。
患者講師には「経験に基づく内容」「淡々と抑制的に話す」「学生が希望を持てるようにメッセージを出す」という3点を特にお願いしております。 毎年、学生からのレポートを評価していますが、これを分析すると「座学からイメージする患者像と実像とのギャップに驚く」「患者の心の痛みと実生活を理解する」「医療コミュニケーションは病気についてだけでなく、患者を人間として患者の個別の問題を扱うことだと自覚する」などの効果が見出せます。患者が主体となる教育によって、患者を理解するという学生の感受性や共感能力を育てることができると考えます。
『患者と作る医学の教科書』を使ったプロジェクト講義の開催
(慶應義塾大学看護医療学部・医学部)加藤 眞三 さん
患者のとらえる主観的な病気や医療についての体験を医療系学生に伝えることを目的にプロジェクトチームを立ち上げ、患者団体と医療者の連携・協働作業のもとに教科書『患者と作る医学の教科書』を編著し、発刊を機に執筆にかかわった患者の参加するプロジェクト講義を企画しました。
医療・福祉系大学・専門学校等に在学する学生を対象にインターネットで参加者を公募し、計6大学9学部より34名の学生が参加して、講義が2010年2月28日慶應義塾大学の教室にて行われました。 午前中は患者から病気の体験や医療者とのかかわりについての講義(計4人、各30分)を行い、午後には患者を交えて多職種医療系学生がグループワークを行い、その後に学生は講義全体の感想文を提出しました。学生たちは、違う学校、様々な職種の医療系学生、患者団体メンバーやファシリテーターなどとのディスカッションを通じて、他職種の医療者への理解や、将来チーム医療に参画する自覚が促進され、また、患者と医療者間のコミュニケーションの重要性を学びました。
結論として、医学教育では一般に客観的知識を教育する機会は多いが、患者中心の医療を実現するためには患者の書いた教科書や患者の生の声に触れさせ、患者のとらえている主観的な病気像を知ることの重要性が認識されました。また患者を交えての多職種の学生の交流はチーム医療の育成に役立つであろうと考えられました。この教科書の執筆に参加した患者団体は医学教育に貢献できることを望んでいますので、多目的に利用をしてもらいたいと思います。
コミュニケーション教育の発表として、『患者と作る医学の教科書』発刊に至るまでの経緯と活用についてポスターセッションが行われました。
『患者と作る医学の教科書』
(埼玉県立大学保健医療福祉学部福祉学科)高畑 隆 さん
『患者と作る医学の教科書』(日総研)は、VHO-net(ヘルスケア関連団体ネットワーキングの会)の活動を基盤に、患者中心の医療に向け、患者団体のリーダーを主体に作られたものです。
VHO-netのメンバーである25団体の協力で、一人ひとりの患者の生活体験を患者団体リーダーが精査し、病気を患者の生活目線で執筆し、医療者とのパートナーシップをもって協働し編纂した初めての臨床系教科書であるということができます。
患者目線の医療の教材としてこの本を活用することで、患者とのコミュニケーション、信頼関係等の学生教育に活用でき、真に患者中心の医療を実現するための最初の教科書と考えられます。演習の章も設けてあるので、患者に対する態度・姿勢・価値に関する理解をより深めることができます。医師・歯科医師・看護師・薬剤師・検査技術師、社会福祉士、精神保健福祉士などヒューマンサービスに進む学生が患者目線を理解し、人間的医療の価値や倫理を理解するための演習教材となります。また、患者団体にとっては、患者個人としてではなく、患者団体リーダーとしての、VHO-netの活動をふまえた活動であり、患者団体として蓄積した体験を原稿化できたという成果があります。
本書の内容は医学教育において基礎科目に該当するものと考えられますが、患者中心の医療に向け、模擬患者の授業と同様に、本教科書と患者講師による講義を組み合わせた患者中心の医療カリキュラムづくりが重要であると考えられます。