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当事者やヘルスケア関連団体が医学教育に参加する意義を探る 千葉大学医学部 患者講師による授業をカリキュラムに組み入れて実施

千葉大学医学部 患者講師による授業をカリキュラムに組み入れて実施
当事者やヘルスケア関連団体が医学教育に参加する意義を探る

6月26日、千葉大学医学部において、患者講師による授業が行われました。これは医学部2年生を対象とした「医療プロフェッショナル」科目の中の生命倫理の授業で、ヘルスケア関連団体ネットワーキングの会(以下、VHO-net)のメンバーでもある中田郷子さん(MSキャビン)と山根則子さん(横浜市オストミー協会)が、自らの患者としての体験や患者団体の活動について述べ、VHO-net事務局の喜島智香子さん(ファイザー株式会社 コミュニティ・リレーション課)が、製薬企業の社会貢献活動を紹介しました。
患者講師による授業はカリキュラムへの組み入れが難しいことなどから、まだ多くの大学医学部では実現していないのが現状です。そこで、今回のトピックスでは、授業の責任者である千葉大学大学院医学研究院 教授の羽田明さんに、この授業が実現した背景や意義についてお聞きし、今後、医学教育にかかわっていくために、ヘルスケア関連団体には何が求められるのかを考えてみました。

患者講師による授業の意義と、今後への期待
患者講師による授業に取り組んだきっかけ

千葉大学大学院医学研究院 環境医学講座公衆衛生学
教 授 羽田 明 さん


私達が取り組んでいる研究テーマのひとつに、「最新の医学研究、科学技術の成果をどのような仕組みで社会に還元すれば、住民、行政、研究者のいずれもが納得できるか」ということがあります。私は、日本人類遺伝学会と日本遺伝カウンセリング学会の両学会による「臨床遺伝専門医制度」と「認定遺伝カウンセラー制度」の委員長および委員を務めていますが、この制度で育成する人材は、最新の遺伝医学の知識を当事者および一般の方にわかりやすく伝え、ご自身で判断する支援をすることが使命です。私自身は千葉県こども病院 遺伝科と、千葉大学医学部附属病院 遺伝子診療部で、遺伝的な病気や障がいのあるお子さんとご家族に対して診療を行い、遺伝カウンセリングや他科との連携、福祉面でのサポートなど幅広く対応しています。また、医学部教育では公衆衛生学に加えて生命倫理などの分野を担当しています。

当医学部では、現代社会の中での医療専門職のプロフェッショナリズム(態度、考え方、倫理観など)について、講義や体験を通じて学習を深めていくために「医療プロフェッショナリズム」という科目を設けており、その中で医療における倫理的・法律的問題に取り組むのが2年生の生命倫理の授業です。2006年から、私が生命倫理の授業を担当することになり、学生がさまざまな側面から物事を考えるきっかけにするために、法的側面、臨床心理的側面、社会学的側面の専門家に講義を依頼するとともに、遺伝性疾患や精神疾患の当事者の方が学生に講義をするカリキュラムを取り入れたいと考えました。そこで、私が診ていた患児のご家族や、同じ臨床遺伝専門医として遺伝カウンセリングなどに携わっていた助手の石井拓磨さんなどに紹介していただいた方に協力を依頼し、非常勤講師という立場で授業を行ってもらうようになりました。

患者講師による授業の意義と学生の反応

学生にとって、まだ病気は本の中に書かれていることであり、倫理的な問題もまだ自分のこととして考えにくいものです。この取り組みには、当事者の方の話を聞いて「臨床医になること」の意味と現実を把握し、これからの学びに臨んでほしいという狙いを込めておりますし、専門家の講義だけではなく当事者の「生の声」というのは学生たちの心に深く残るのではないかと期待しています。

昨今、生殖医療、再生医療、遺伝医療など医学研究の進歩とともに、診断、予防、治療など医療における可能性は大きく広がってきました。しかし、これらの進歩には光と影の両面があります。この授業を通して、これから医療を担う学生に、医療現場や生活の場でどのような生命倫理的な課題があるか、あるいは起こりうるかを考え、必ずしも正解があるとは限らない課題にどのように向き合うかを学んでほしいと考えています。

2年生はまだ個々の疾病については詳しく学んでいませんが、患者さんのご家族や当事者の方の授業には、毎回、新鮮な驚きや発見があり、衝撃を受けるようです。学生からは「興味深かった」「初めて知ることができた」「今後に活かしていきたい」など前向きな意見が目立ちます。

また、患者講師の話を聞くだけではなく、グループディスカッションやワークショップの形式で、患者講師の方も交えて話し合う場を持ちたいという要望もありますので検討したいと考えています。このような授業を2年生で行うのは、医師とはどういう職業なのか、患者や社会からどのように認識される職業なのかという自覚を早いうちから育てていくためです。さらに今後、医師として社会に出る直前の5年生ぐらいで、改めて患者講師による授業やディスカッションを行い、倫理的な問題に取り組む姿勢を確認することも有用ではないかと考えています。

当事者や患者団体に期待するところ

患者団体に患者講師などの協力を依頼したいと考えている医学教育関係者は多いと思いますが、患者講師としての経験や能力を持つ人や、こうした活動に積極的な患者団体を探し出していくことは私たちには難しい面があります。患者団体に医学教育へもっとかかわってもらうためには、それぞれの患者団体がポリシーや社会性を持ち、患者団体として人材を育て、永続できるシステムを備えること、そして、そうした団体と医学教育の場をつなぎ、コーディネートしてくれる存在が必要です。患者団体側から医学教育にかかわりたい、協力したいといった発信も必要です。その意味で、VHO-netとファイザー株式会社の取り組みには大いに期待しています。

また、患者団体の皆さんにとっても、こうした場で自らの経験や意見を話すことによって自分の病歴や考えを整理したり、進むべき方向性が見えてくることもあるのではないでしょうか。授業のあり方やカリキュラムは、時代や社会の変化に合わせて変えていくべきものですから、患者講師や患者団体が参加する場づくりは、私たちが努力して広げていきます。これから、医学教育に参加していただくことも増えると思いますので、ぜひ準備をしておいていただきたいと思います。

患者講師による授業について
生命倫理の授業では、半年間にわたって9回の講義が行われます。そのうち4回が専門家の講義、5回が患者家族である当事者、支援者の講義です。 6月26日に行われた授業では、中田郷子さんと山根則子さんが患者としての経緯や患者団体での活動、医療に対する思いなどを語りました。その後、ファイザー株式会社の喜島智香子さんが、企業の社会貢献として、ヘルスケア関連団体やVHO-netへの支援活動について説明しました。VHO-netのメンバーである増田一世さん(やどかりの里)、中井伴子さん・加瀬利枝さん(日本ハンチントン病ネットワーク)もこの授業の講師を務めています。

授業を受けた学生の感想から

授業後に行われたアンケートから、主な感想を抜粋しました
・患者さんのライフスタイルや生き方に病気がいかに影響を与えるかを考えさせられた
・病気との向き合い方に、素敵な生き方や強さを感じた
・ワークショップに参加してみたい
・社会参加を促す患者団体の存在の大きさを痛感
・医者は患者の病気だけでなく患者の人生も診なければならないという話が心に残った
・患者団体のネットワークの活動の重要性が伝わってきた
・オストメイトという言葉は知っていたが、患者さん本人の言葉でどのような問題があるかを初めて知った
・病気を「あるがままに」受け入れるという姿勢に感銘した。あるがままに生きられるような手助けをしたい
・患者の心の痛みを常に心に留めておかなければならないと感じた
・ヘルスケア関連団体への支援活動など、社会に対して良い意味で予想外の活動をしていて、製薬会社に対するイメージが変わった

まねきねこの視点

患者講師による授業など医学教育への当事者の参画は、その必要性が認められながらも、大学医学部のカリキュラムへの組み入れがなかなか進んでいないのが現状です。その中で、国立大学である千葉大学医学部での、患者講師による授業の実施は注目されます。今回、講師を担当した中田さんと山根さんが参加するVHO-netでも、患者講師プロジェクトへの取り組みが始まりました。医学教育に患者団体のネットワークがどのようにかかわっていくことができるか、それによって医学教育をどのように変えていくことができるか、『まねきねこ』も大きな関心と期待を持ってみていきたいと思います。