JDF 障害者権利条約パラレルレポート日本障害フォーラム(JDF、以下JDF)は、政府報告に対して当事者の視点から現状や要望をまとめたパラレルレポートを
国連に提出し、ジュネーブで行われた作業部会に参加するなど積極的な活動を続けています。
国連・障害者権利委員会では、2016年に日本政府が提出した「第1回政府報告」を受けて、障害者権利条約の実施状況について審査する「建設的対話」を2020年秋に実施する見込みです。日本障害フォーラム(JDF、以下JDF)は、政府報告に対して当事者の視点から現状や要望をまとめたパラレルレポートを国連に提出し、ジュネーブで行われた作業部会に参加するなど積極的な活動を続けています。
そこで、パラレルレポート作成や、作業部会のブリーフィングに携わった皆さんに、取り組みの経緯やそれぞれの立場からの展望をお聞きしました。
※日本障害フォーラム(JDF)は、障がいのある人の権利を推進することを目的に、障がい者団体を中心として設立されました。現在13 団体で構成されています。詳しくはこちら
今回コメントをいただいた日本障害フォーラム(JDF)の皆さん
全国「精神病」者集団 山田 悠平さん
公益社団法人 全国精神保健福祉会連合会 (みんなねっと) 小幡 恭弘さん
公益財団法人 日本障害者リハビリテーション 協会(JSRPD) 原田 潔さん
認定NPO法人 DPI (障害者インターナショナル)日本会議 佐藤 聡さん
「私たち抜きに 私たちのことを決めないで」を合言葉に
障害者の権利に関する条約(略称:障害者権利条約)は、2006年に国連総会において採択され、日本は2007年に条約に署名し、2014年に批准しました。一般に条約は各国の代表団だけで議論しますが、障害者権利条約は「私たち抜きに私たちのことを決めないで」とのメッセージを掲げて各国の障がい者団体も議論に参加したのが特徴です。現在、国連加盟国193ヶ国のうち179ヶ国(2019年8月現在)が批准しています。
佐藤さん「条約の大きな特徴としては、障がいに基づく差別の禁止や、社会モデルという理念が挙げられます。社会モデルとは、障がいは個人に原因がある(医学モデル)のではなく、社会の障壁とのかかわりによってつくり出されるという考え方です。また障がいのある人もない人もともに学ぶ、インクルーシブな教育を掲げているのも特徴で、障がい者を隔離するのではなく、地域でともに生きていくことが条約の大きな柱となっています」。
批准国に対しては、ジュネーブで開催される障害者権利委員会(以下、権利委員会)が各国の取り組みについて建設的対話を行い審査します。そのプロセスの中で、障がい者団体など市民社会から国連にレポートを提出することができます。これがパラレルレポートです。その後、権利委員会がパラレルレポートも参考にしながら、政府の報告に対して事前質問事項を検討し、建設的対話、勧告(総括所見)へと進みます。
2016年に日本政府が提出した報告に対しては、2020年秋頃に建設的対話が予定されています。JDFでは、準備会を経て2018年に「JDF障害者権利条約パラレルレポート特別委員会」を立ち上げ、所属団体からそれぞれの課題を集めて意見集約版を作成。その後、JDFに直接加盟していない障がい者団体や労働組合など幅広い関係者と協議しながらパラレルレポートを完成させ、2019年7月に国連に提出しました。
原田さん「私たちはすべての条文について取り上げたため、とても長いレポートとなりました。多様な団体が参加していますから多様な意見が集まりましたが、あまり絞り込むことはせず、合意できる範囲ですべて掲載しました」。
手話言語、障がい女性 精神障がいなどをテーマにブリーフィングを実施
パラレルレポートを提出した団体は、権利委員会に対するブリーフィング※ができるため、2019年9月22〜25日にジュネーブで行われた事前質問事項の作業部会にはJDF訪問団が参加しました。事前質問事項は、権利委員会が重要点について国に質問をするもので、最終的な勧告にもつながるものです。
JDFでは、パラレルレポートの中から最重要10項目、重要課題8項目を選び、権利委員にロビー活動(委員との対話)を実施。さらに作業部会でのブリーフィングでは、情報保障、手話言語、障がい女性、精神障がい、地域移行、教育などの項目について担当者が発表しました。
佐藤さん「障がい女性は、障がいと女性という複合的な差別の問題で、国際的に大きなテーマとなっていますが、日本ではまだ取り組みが始まったところです。情報保障は情報バリアフリー/アクセシビリティの課題です」。
原田さん「2011年に改正された障害者基本法で手話は言語と認められていますが、手話言語の法制化は実現していません。手話を学ぶ、手話で学ぶことなどを教育に組み込み、社会生活の中での手話通訳を保障してほしいのです。ろう者にとって手話は母語であり、アイデンティティにかかわる問題ですから、大きなテーマだと考えています」。
また、精神障がいの課題もJDFが重視するテーマです。日本は他国に比べて、精神科病院の病床数が突出して多く、強制入院や長期入院などの課題が指摘されています。
山田さん「精神障がいをもちながらも地域で暮らす、自分らしく生きていけるように、法制度の面からも変えていく道筋をつくっていくことが、私たちの大きな目的です。日本の現状が国際的な人権感覚と逆行していることを伝えられたのが、今回の成果だと思います」。
小幡さん「権利委員会は人権の侵害について重点を置いているので、特に精神障がいの課題は、この取り組みの本質を突くことになると考えています。また地域移行も重要な課題で、本来、地域で生活できるはずなのに、社会資源が乏しいために地域で生活できない人が多数います。一方、地域移行がうまく進んでいるところもあるので、よい実践を施策づくりに結びつけたいと考えています」。
よりよい審査と勧告 そして条約の実施と施策の向上を目指して
来年には建設的対話が予定されており、JDFは訪問団を送り、積極的にブリーフィングやロビー活動を行う予定です。
佐藤さん「国連の勧告に法的拘束力はありませんが、国際的な指摘ですから、これを活かして法制度や施策を向上させたいと思っています。日本政府は障害福祉分野に対しては積極的に取り組んできた経緯があるので、よりよい勧告を引き出すことができれば、よい方向へ動く可能性はあると期待しています」。
山田さん「パラレルレポートには広範な障がいに対する課題がまとめられているので学びのツールにもなり、私自身、他の団体や他の分野の課題を学ぶ機会となりました。地域でも、もっとつながろう、学ぼう、障害者権利条例を作ろうという動きが強まっているので、草の根レベルでの活動にも活かしたいですね」 。
小幡さん「権利委員から、社会整備や支援者、家族に対する質問も多く受けました。家族の会の代表として、パラレルレポートを補完する情報提供のあり方も必要ではないかと感じました。また日本にも独立した人権機関が必要との意見もありました。勧告がゴールではなく、それを足場にしてどう活かしていくかは私たち次第ですから、これからも連帯して動きをつくっていきたいと考えています」 。
原田さん「条約批准に先立ち、障害者基本法が制定され、障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(通称:障害者差別解消法)ができた流れは他の人権分野からも注目されています。国連の勧告をうまく活かし、国内での条約実施と施策の向上につなげて、他の分野にも影響を与えられるような活動をしていかなければならないと思っています」 。
パラレルレポートやブリーフィングは、障害者権利委員会の事前質問事項や勧告に大きな影響力があると言われています。さまざまな関連団体がまとまり、多くの障がい者が直面する現状や、優先されるべき課題、立ち遅れている領域に光を当てようとする取り組みの今後が期待されます。
※ブリーフィングとは:ビジネス用語としては「簡潔な状況説明」といった意味で用いられることもあるが、ここでは「事前確認、情報説明」という意味