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変革の流れの中で広がる「患者から学ぶ看護教育」への取り組み

変革の流れの中で広がる「患者から学ぶ看護教育」への取り組み

埼玉医科大学保健医療学部看護学科 教授
松下 年子 さん

医療の高度化・複雑化に伴い、看護職に求められる能力や需要は増大し、看護や看護教育を取り巻く状況も大きく変わりつつあります。その中で積極的に「患者から学ぶ看護教育」に取り組み、『患者と作る医学の教科書』プロジェクトメンバーでもある松下年子さんに、看護や看護教育が直面する課題についてお聞きしました。

看護師の現状とこれから
まず、看護や看護師を取り巻く現状について教えてください

看護師は、患者さんのいちばん近くにいるのに、忙しすぎて患者さんの声をじっくり聞く余裕がないというのがもっとも大きな問題です。

長年にわたる医療費抑制政策や医療構造改革によって看護職は慢性的な人手不足状態にあり、看護師の業務量は増大しています。さらに2006年の診療報酬改定で患者7人に対して看護師1人の看護配置基準が盛り込まれたため、大規模病院が看護師を確保するようになり、地方や中小の病院では看護師不足が一段と深刻化しています。一方、看護師の収入は平均賃金を上回ってはいますが、交代制による労働時間の長さや、夜勤・深夜勤などの厳しい労働条件などを考えると恵まれているとは言い難い状況です。近年では医療事故による訴訟も増え、精神的負担も増しています。

こうした状況を反映して、新人看護職員の約10人に1人が就職後1年以内に離職(2005年日本看護協会調査)し、さらに看護師の多くは女性であるため、結婚、出産・育児などを理由に離職する人も多くなっています。新人の段階で入れ替わるため現場で経験や知識の蓄積ができず、経験知につながらず、専門性が活かされにくいという問題も生じています。

問題の解決に向けて、どのような動きがありますか

新人看護職員の早期離職については、教育課程で身につけた力と現場で求められる力にギャップがあることが原因のひとつであると考えられます。また、教育課程が統一されておらず、大学・短大・専門学校など現場にさまざまな学歴の看護師が混在していることも問題を複雑にしています。

そこで2009年7月、法律の一部が改正され、4年制大学を中心とした教育体系への移行、卒後臨床研修の努力義務化、保健師・助産師国家試験受験資格の修業年限の延長などが決まり、基礎教育の見直しや看護制度の一本化に向けた取り組みが始まりました。

また、看護領域の広がりや専門職化に対応するために設けられた認定看護師や専門看護師のシステムも根付いてきました。認定看護師は、特定の看護分野において熟練した看護技術と知識を持ち、患者さんへの看護、後輩の指導や相談を高いレベルで行う、いわばプロフェッショナルなナースであり、専門看護師は看護系大学院修士課程を修了して高い水準の看護ケアの技術や知識を持ち、研究者や指導者、保健福祉行政との連携などコーディネーター的な役割も果たすものです。さらに、アメリカで普及しているNP(ナースプラクティショナー、上級実践看護師のひとつ)のような、ある程度医療的な処置(診断と治療)が認められる職種を立ち上げようという動きもあります。辞めていく人が多い一方で、専門職としてのステップアップを目指す積極的な看護師も増えており、期待したいところです。

看護教育と患者
看護教育において、患者から学ぶことにはどのような意義がありますか

患者さんと看護師では立場が違うのでコミュニケーションギャップがあるのは当然です。だからこそ、看護師の方から患者さんに近づこうと努力するべきであり、そして、それはトレーニングだけでできることではなく、実際に患者さんから学ぶものだと私は考えています。私自身、国際医療福祉大学大学院で行われた「患者の声を医療に生かす」という講義で、患者さんに講師としての素晴らしい力があることを知り、VHO-netの活動にも参加して患者さんや患者団体から学べることを実感しました。

埼玉医科大学では、患者団体などの協力を得て乳がんやリウマチ、ALSの患者さんやその家族が講師となる「病むことの心理」という講義を行い、精神看護領域ではアルコールや薬物依存症の当事者と家族による講義も行っています。患者さんによる講義から学生は大きなインパクトを受けるとともに、患者さんの使う言葉を学びます。患者さんの言葉を学ぶことによって、患者さんの存在そのものが理解できるようになるので、看護の教育課程には患者さんの声から学ぶ授業科目をぜひ取り入れるべきだと考えています。

『患者と作る医学の教科書』は、看護教育の中でどのような役割を果たすのでしょうか

『患者と作る医学の教科書』はまさに、患者さんの言葉や存在が学べる優れた教科書になると考えてプロジェクトに参加しました。当学部では、「病むことの心理」の講義テキストとして使用する予定ですが、私はこの本が教科書であることに大きな意義を感じています。

この本をテキストにしてカリキュラムという枠組みができれば、教育の継続につながり、多くの学校にも広がっていきます。やがて医療とは患者さんから学ぶものだという価値観が確立すれば、看護の現場にもよい影響を及ぼすはずです。「当事者から学びなさい」と口で言うだけではなく、それを教科書やカリキュラムという確かな形にして継続することが重要なのです。

さらに学生や若い看護師にとっては、この教科書を知ることによって、自分の身近にいる患者さんからも大切なことが学べること、患者さん自身が素晴らしい教科書であることに気付くきっかけになると思います。

教育課程の統一や基礎教育の見直しなど、看護教育が大きな変革期を迎えている今こそ、この教科書を使った「患者さんから学ぶ教育」を根付かせる大きなチャンスです。『患者と作る医学の教科書』をひとつのスタートとして、こうした看護教育が広がり定着するように取り組みたいと考えています。

松下 年子氏 プロフィール
聖路加看護大学を卒業後、臨床看護師および産業保健師として経験を積み、2004年東京医科歯科大学大学院博士課程を修了。その後、国際医療福祉大学大学院、現在は埼玉医科大学保健医療学部にて看護教育に携わる。