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相手に意図が伝わり、両者の信頼関係を築く
患者と医療者におけるより良い医療コミュニケーションの研究に取り組む

相手に意図が伝わり、両者の信頼関係を築く
患者と医療者におけるより良い医療コミュニケーションの研究に取り組む

奈良県立医科大学 健康政策医学講座 学内講師
岡本 左和子 さん

アメリカでの病院や大学、難病患者団体とのかかわりの中で、医療コミュニケーション学を研究してきた岡本左和子さん。現在は奈良県立医科大学での授業や研究を通して、医療者と患者がより良い信頼関係を築き、理論上だけではなく現場で使える、医療コミュニケーションの構築に取り組んでいます。また、VHO-netの関西学習会との出会いから、学生たちに患者の声を伝える「患者講師」による授業も実施しています。日本の医療コミュニケーションの現状や課題、抱負などについて伺いました。

医療コミュニケーションが専門ということですが、 具体的にどのような研究をされているのですか

患者を診療する“医学”とは違う、医学・医療が社会とかかわる領域そのものを学問体系として医学部の中に開設する大学が、ここ10年くらいで日本にも増えてきました。奈良県立医科大学では健康政策医学と称する講座で、公衆衛生学、医療政策学、医療経済学などをカバーしています。私はこの講座に所属し、医療コミュニケーションを専門に研究しています。

医療コミュニケーションとはなにか。わかりやすく例にとると、糖尿病の初期段階では食事管理や運動をして、薬を正しく飲むように医師や看護師が伝えます。それを実行すれば合併症を併発するリスクが減りますが、実行できない患者が多いのも事実です。わかっている、けれどもできなくて症状が進んでいく。医療者は「何度も言っているのになぜ、できないのか」と思い、患者は「できないことをわかってもらえない」と感じて、お互いに疲弊していきます。なぜ、患者が実行できないかという心の部分に介入し、また生活上で困っていることなど、サポートの視野を広げないと問題は解決していきません。

コミュニケーション学は心理学、社会学、経営管理学などの分野を内包しています。さらにその時代や社会のニーズ、倫理観や情感などを取り入れ、なおかつ現場で使うことができて意味をもちます。患者にどういうアプローチをし、どんな言葉で伝えれば予防や治療、精神面に対しても有効か。そこが私の研究対象です。

医療者と患者のコミュニケーションの大切さ、難しさは VHO-netでもよく議論されるテーマですが、どのような問題があるのでしょう

日本の医療にコミュニケーションが導入された時、問題だったのは「接遇(せつぐう)」と混同されたことです。患者と接するために、ホテルや航空会社と同じような研修が行われました。「患者さん」を「患者さま」と呼ぶなど、とにかく丁寧な言葉や応対をしましょうということです。もちろんそれも大切なことですが、それはマナーの領域です。いくら丁寧に柔らかく言われても、正しく服薬できていない方がいるわけです。接遇をコミュニケーションそのものと勘違いしている。そうではなく、患者の理解が得られ、患者自身が考え、医療者と信頼関係を築いてくことではじめてコミュニケーションは成立します。

また、二者間の対話では、情報をたくさんもっている側の人が、その関係をコントロールすると言われています。医師と患者では当然、医師の方が多くの情報をもっています。患者が言いたいことを医師に言えないのは、医師と患者という立場だけですでにノイズ(情報とその伝わり方を歪める原因)が生じているからです。さらに、まだ患者が病気を受容できていない精神状態であることや、仕事や家庭の問題などのノイズがかかると、たとえば手術についてどんなに丁寧にやさしく説明されても理解できなくなります(上図参照)。そうなると「この先生は私のことをわかってくれていない、別の病院に行こう」と思ってしまうこともあり、医療費や人材、薬なども無駄に使われることになります。その負のサイクルをどう解消していくかが課題でもあります。

医療側の説明力だけでなく 患者側の理解力も求められますね

そうですね。治療には必ずリスクがあります。医師がどういう風に伝えれば患者の理解を促し、患者自身が自分の意志で治療方針を決定していくことができるかが問題です。医師から説明を受け、「先生が一番いいと思う方法で…」というケースはとても危険です。治療がうまくいかなかった場合、たとえば「こんな後遺症が出るとは思わなかった」ということになり、医療訴訟につながりかねません。患者が十分に自分の病気について学び、情報を収集することが大切ですが、それでも、できない人はたくさんいます。だからこそ、情報を多くもつ医療者への教育にまず取り組む必要があります。

日本の医療の中ではこれまで、患者が「理解する」ことと「決断する」ことがイコールだと思われている風潮がありました。医療コミュニケーションを研究する中で、私はそこに疑問を感じています。理解と決断の間に、なにか距離があるのではないかと。理解はしたけれど、心から自分の意志で決断できているのかどうか。理解力も大切ですが、患者の意志決定という部分に非常に興味があります。

VHO-netの活動にかかわるようになったきっかけを教えてください

若年性突発性関節炎の親の会である、あすなろ会の三宅好子さんが同じ大学に勤務しており、『患者と作る医学の教科書』を紹介され、購読しました。医療コミュニケーションの面においても、とても興味深い本でした。さらに、関西学習会に誘っていただき参加してみると、勉強不足で知らない難病がたくさんあることに気づきました。

私が最初に患者団体の活動にかかわったのは、1995年から5年間、アメリカのジョンズ・ホプキンス病院の国際部に勤務していた時です。ある高名な医師がマルファン・クリニックを私が勤務する何年も前から立ち上げていました。マルファン症候群は心臓、筋肉、眼など臨床が多科にわたる難病です。それらの科を一堂に集めた専門のクリニックは今では日本でも聞くことがありますが、20年以上前にすでに実施していたのは驚きでした。そこでは患者が集う全国会議も開かれ、医師も参加します。患者は治療や日常生活で困っていることを話し合い、医師から医学的な意見を聞くことができます。同時に医師の研究発表も行われ、患者も新しい情報を得ることができるというこの関係性はとても素晴らしいと思いました。

VHO-netに参加して、ここは患者団体の活動の発展形だと思いました。ひとつの疾患の団体だけではわからないことも、他団体と意見や課題を共有していける。同時に関西学習会が行っている患者講師のプログラムにも注目しました。大学の医学部4年生時に教室配属という機会があります。私の担当時に「患者の話を聴く」時間を設定し、腎性尿崩症友の会の神野啓子さん、NPO法人 日本マルファン協会の猪井佳子さんに講演をしていただきました。患者講師の話はとてもリアルでインパクトが強く、厳しい局面のある当事者や家族の人生を、医師としてどう支援していけるか。そこに対する気づきが大切だという話をしています。この取り組みもまた、医療コミュニケーションを推進する大きな意味をもち、VHO-netとの出会いは私にとって大きな刺激となりました。

今後の研究の抱負についてお聞かせください

医療の現場では、いまだにコミュニケーションを接遇と混同している現状があるので、それを学会などでの論文発表を通して払拭していくのが私の大きなテーマです。コミュニケーションとは丁寧に接することだけではなく、相手に意図が伝わり、納得してもらい、安心・安全な関係性がつくられ、それによって両者の信頼関係を築いていくことで成立するものです。

また、大学の附属病院の糖尿病に携わる医師との共同研究で、困っていることを解決していくためのコミュニケーション手法を考える仕事もしています。患者にアンケート調査などを実施し、その結果を手法に反映していく。そのプロセスがうまく構築できれば、他の病気にも応用することが期待できます。 私が探求しているのは、理論に基づき、かつ現場で使える手法です。研究成果を現場にどう落とし込んでいくか。医療技術の発展で治療の選択肢が増えたことなど、社会的な背景や環境の変化で、患者の迷いも大きくなっています。多様なニーズに対応するため、医療コミュニケーションは今後ますます重要になっていくと感じています。

岡本 左和子さん プロフィール
プロフィール1995~2000年、アメリカのジョンズ・ホプキンス病院国際部でペイシェント・アドボケイト※として勤務。2006年、メリーランド州立タウソン大学大学院修士課程コミュニケーション学修了。2013年に東京医科歯科大学大学院医歯学総合研究科医療政策学博士課程修了(医学博士)。2013年より現職。

※ペイシェント・アドボケイト
医師と患者のコミュニケーションを円滑にし、診察や治療に満足してもらうための調整役。
現在は、日本でも「医療対話推進者」として厚生労働省の認める職位ができている。