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〝病いの語り〞と〝ピアサポート〞を通して、精神障がいをもつ人たちが
自分らしく生きることができる社会をつくる研究に取り組む

〝病いの語り〞と〝ピアサポート〞を通して、精神障がいをもつ人たちが自分らしく生きることができる社会をつくる研究に取り組む

桃山学院大学 社会学部
社会福祉学科 教授
栄 セツコ さん

大学で精神保健福祉士を目指す学生を育成する一方、ソーシャルワーカー、研究者として、精神障がいをもつ人たち(以下、精神障がい者)が、病いがあっても自分らしく生きることができる社会のあり方について研究をしている栄セツコさん。活動の柱は、精神障がいをもつ当事者の人たちが公共の場で自身の経験を語る「病いの語り」の開催と、ピアサポーターの養成です。精神障がい者の地域生活支援が提唱される中、偏見をなくし、社会を変えていく語りやピアサポートの力について、お話を伺いました。

精神障がい者の地域生活支援に関する研究に取り組むようになった経緯について 教えてください

私は小児喘息のため、小学校時代のほとんどを病院で過ごしました。長い入院期間中、医師はいつも、私の治療方針を親との話し合いで決めていました。私の治療なのに医師と親が決めるということが、小さいながらにいやでした。そのときに私の気持ちを代弁し医師に伝えてくれたのは「ケースワーカー」という名札をつけた人でした。その姿を見て自ずと、大きくなったらそういう仕事に進みたいと思うようになりました。
大学卒業後、小児科でのケースワーカーを目指しましたが、「大人も援助できるように、精神科の臨床を経験した方がいい」とアドバイスを受け、精神科ソーシャルワーカー※の道を選びました。勤務した国分病院、東京武蔵野病院は、患者主体の医療を掲げており、患者の言葉を聴くためのスキルをトレーニングさせてもらいました。また、同様の経験をもつ人々の語り合いの重要性を学びました。この2つの病院が、私の研究の礎をつくってくれました。
そこで、大学院(修士課程)での研究テーマは、地域で精神障がい者の理解者を増やすことにしました。精神科病院における長期入院者、いわゆる「社会的入院者」との出会いがきっかけです。この人たちは社会に受け皿がないために入院を余儀なくされている人たちで、その多くは「病気のことは誰にも語ってはならない」と家族や親せきに言われてきた人たちでした。その出会いから、精神の病いは病気そのものからくる生活のしづらさに加え、社会の偏見から生じる生活のしづらさがあるということをひしひしと感じました。一般市民のボランティア養成(現在の精神保健福祉ボランティア)の研究に携わってわかったのは、精神障がいについて専門職が説明するよりも、当事者が語る方が、聞き手の偏見意識が減るということでした。このことから、大学院の博士課程では、当事者による語りの場を地域に開拓する方策について研究しようと思いました。

※精神科ソーシャルワーカー・・・精神障がい者やその家族の生活上の相談にのり、社会生活に関する支援を行う人。1997年に精神保健福祉士として国家資格化された。

当事者が語ることによってどのような効果や変化がありますか

病いの語りの場には、3種類あります。
①専門職が患者の語りを聞き、回復を促していく面接の語り。
②病いによる生活のしづらさを分かち合う、セルフヘルプグループにおける語り合い(ピアサポート)。
③社会に向けて、精神障がい者の偏見を減らしていこうという語りです。
私は、③の語りにフォーカスしています。当事者の人たちは語ることで自分の病気について理解でき、同様の経験をした人たちとの語り合いの中で言葉を獲得していく。語りには自身の体験を経験としてつなげ、仲間とつながり、未来とつながるというエンパワメントの要素があります。もちろん、語りのタイミング、語らせる側の権力、語り合いにおける同調行為など、課題もあります。
2006(〜2012)年から、教育機関に出向いて語る活動を始めました。NPO法人 精神障害者支援の会ヒットとの協働で、語り部グループ「ぴあの」を結成し、当事者といっしょに小・中・高等学校に出向き、児童、生徒、保護者、教職員の、精神障がい者に対する正しい理解を図ることが目的です。私は全体のプロデュースをヒットの職員と担当し、当事者のフォローや教育機関との交渉、活動の効果測定などを担いました。
病いの語りの強みは、二つあります。一つは当事者の生活用語が用いられることです。たとえば、うつ病の人が「朝、起きるとき、10キログラムのお米を抱えているくらいしんどい」「歯ブラシが重い」という表現を使う。それは小学生でもわかります。ある子どもが感想文に「お母さんのうつ病はなまけだと思っていた。でも、お話を聞いてお母さんは毎朝、重たいお米を背負っているのだと、よくわかった」とありました。当事者の生活用語は見えない障がいの理解を促すのです。
もう一つの語りの強みは、病いの経験によって得た知恵(経験知)が組み込まれていることです。それは、子どもたちにとって精神障がい者との良い接触体験になります。テレビや大人に影響された、「なんとなく恐い」というイメージが、当事者の病いの語りを聞くことで、病気はその人の一部にすぎないということを体験的に理解できるのです。
「ぴあの」の活動は『こころの病いの物語をつむぐ』という本にまとめました。病いの語りに加え、もう一つの活動の柱は、当事者同士の経験知を活かしたピアサポートです。2016年からは厚生労働省の障害者政策総合研究事業で、「障害者ピアサポートの専門性を高めるための研修に関する研究」に研究協力者としてかかわっています。身体・知的・精神障がい者、難病など、すべての障がいにかかわるピアサポートを推進していこうというのが今の国の動きで、ピアサポーターの養成方法などについて取り組んでいます。

VHO-netの活動にも参加されています。どういうところに共感されていますか

VHO-netに参加し、難病などの疾患でも社会での生きづらさを感じていることや、ピアサポート活動についても知る機会を得ました。「VHO-netが考える ピアサポート5か条」での、社会に向けて発信していくという要旨も私の研究テーマと呼応しています。2018年度に、日本学術振興会から助成を得て、『私の物語・あなたの物語・ヒューマンライブラリー 病いの語りから学ぶ』という冊子をまとめました。専門分野の精神障がいに加え、難病を患っている人たちやその家族の語りも綴りたいと関西学習会で呼びかけたところ、4団体が寄稿してくれました。講演や講義などの際にも配布しており、私が教えている学生たちにも難病やヘルスケア関連団体を知る機会になればと思っています。

研究を続けてきた中で社会の変化など、手応えを感じていること また、今後の抱負についてお聞かせください

2022年度から高校の保健体育の教科書に、精神疾患の予防と回復に関する項目が入ることになりました。医療関係者やさまざまな団体が、このことについて声を上げ、文部科学省に働きかけてきました。直接的に私の力ではありませんが、「ぴあの」の活動など、病いの語りの実践や研究をしてきて良かったという思いがあります。
ピアサポートについても、厚生労働省が重視する流れの中、病いの経験から得た当事者の経験知(経験的知恵)と、支援者がもつ専門知(専門的知識)の二つが協働するコプロダクションの実践は重要な観点だと思います。
これまで「支援される人」と思われていた精神障がい者が、その病いの経験を社会で活かし、「支援する人」にもなる。そのことに社会を変えていくエネルギーを感じます。
病気や障がいのある人が、病気になったからこそ得た経験知を大切にする。そして自分の病いの経験知が誰かの役に立ち、一般の人もその経験知から学ぶということを確認できるような機会や場を増やし、それが文化となるような研究を目指しています。そういう社会への働きかけは「草の根運動」と言えるものです。私はこの言葉が大好きです。歩みは地道ですが、根っこが腐らない限り揺らがない。そのたくましさを大切にしていきたいと思っています。

栄 セツコ さん プロフィール
2003年大阪市立大学大学院生活科学研究科人間福祉学専攻博士課程後期課程 満期退学、17年立命館大学大学院先端総合学術研究科一貫制博士課程修了(学術博士)。医療法人養心会国分病院、(一財)精神医学研究所附属東京武蔵野病院に精神科ソーシャルワーカーとして勤務。13年より現職。

■著書
2018年『病いの語りによるソーシャルワーク エンパワメント実践を超えて』(金剛出版)、15年『こころの病いの物語をつむぐ学校における語り部活動』(共著・やどかり出版)、15年『本物のパートナーシップとは何か?』(共訳・金剛出版)、01年『精神保健福祉士の仕事』(共著・朱鷺書房)他